Category archives: 1990 ─ 1999

買って一年も経たない腕時計が止まった。
蓋を開けてみると 胡麻粒ほどの豹が発芽していた。
動物を飼う気は毛頭ない。かと言って潰してしまうに忍びないので取り出してミルクなどやってみる。
すると たちまち猫くらいの大きさになってしまった。
あわてて動物園に電話すると
「あなたは猛獣を飼う必要がありますね。思い切って飼ってみることです。」
と言って切れた。

人ほどの大きさになった今では すっかりおとなしくなり
「やっぱり路地ものは粘りが違うね。」
などと言いながら里芋をつついている。
これでは猛獣を飼った甲斐が無い と ほっとしながらも少し不満だ。
近頃また時計の調子がおかしい。

伊与部恭子
「日はゆるやかに」所収
1997

ことば

草をみれば、
草というだけだ。

ことばは、
表現ではない。

この世の本のなかには
空白のページがある。

何も書かれていない
無名のページ。

春の水辺。夏の道。
秋の雲。冬の木立。

ことばが静かに
そこにひろがっている。

日差しが静かに
そこにひろがっている。

何もない。
何も隠されていない。

長田弘
世界は一冊の本」所収
1994

 間もなく十歳になろうかという女の子がひとり、ぼくの家の玄関に立っていて、ぼくを見るといきなり言った。あなたなんか、一度だってわたしをお部屋に通してくれたことがないじゃないの!わたしはいつも寒い玄関に立っているだけ!ほんとうにあなたなんか!
 眼にいっぱい涙をためて、ぼくを非難するその子を見ていると、ぼくの胸もかなしみでいっぱいになるけれど、いったいぼくはどうしたらいいのだろう。その子の前に立っているぼくの背後は暗い廊下で、突き当りの重い木のドアはほんの少し開いている。いましがたぼくが出て来たとき、よく閉めなかったからなのだが、そのために玄関の会話は妻や子供たちに全部きこえている筈だ。ぼくが出て来るとき、妻は食後のお茶を飲みながら新聞の日曜版を拡げようとしていたようだし、十二歳の長女はお友だちの家に行くとき持って行くからと野の花の刺繍の小さなハンカチにアイロンをかけていた。九歳の次女は窓から雑木林を眺めていたが、雑木林では三週間ほど前から鶯が啼きはじめ、はじめのうちはただ、ジジ、ジジと不器用に声だけ出していたものが、いまではホーホケキョ、ケキョケキョケキョなどと上手に啼き、そうだあの鶯はぼくの鶯にしてしまおう、だからあの鶯に名前を付けよう、よし決めたあれは今日から次郎吉だとぼくが呟いたので、九歳の次女はわたしはそんな名前はいや、もっと可愛らしい、外国の子供みたいな名前がいいと、松だけ次々と枯れて行く雑木林を眺めながらさっきから考えているのである。お父さん、鶯のアプーリちゃんというのはどうかしら。だめだね、あの鶯は次郎吉さ。
 あなたは知らないでしょうけれど、わたしは五つのときから施設にいたのよ。手足は煤と痣だらけ、痩せっぽちで、いつもひとの様子ばかり窺っている五歳の女の子、それがわたしよ。あなたは知らないでしょうけれど。
 どうしてぼくが知らないなんて言うんだい。たしかにぼくはおとなになったけれど、ぼくのなかみはあのころのまんまなんだ。きみや、きみのお友だちの小さい男の子や女の子がいっぱいぼくのなかにいて、ときどき泣いたり騒いだりするんだ。それはきみだってようく知っているから、こうしてぼくのところへ来るんじゃないか。
 それじゃ訊きますけれど、どうしてわたしには暖かいお部屋ないのですか。ほら、あのドアの向こう、あんなに明るい!それから訊きますけれど、どうしてわたしには家族もいないの。どうしてなの、おしえてよ。
 おしえてよと言われたって、人生のことはぼくにはよくわからない。(いいわね、昨日までのことはみんな忘れるのよ、忘れなくちゃだめ)ってあの日先生が言ったから、(ぼくだって六歳だったじゃないか!)ぼくは全部忘れたのだけれど、きみは先生のお話をきいていなかったのかい?みんな、死に物狂いで忘れたのに。
 わたしはお腹が痛くて、保健室で寝ていたからそのお話はきかなかったのよ。でも、すぐにわかったわ、みんな、どこかへ行ってしまうなって。そしてそのとおりになったでしょ。あなたまで、わたしを保健室においたまま行ってしまったの。どうしてなの。

 どうしたの。そんなところで。
 妻の声に振り向くと、ドアはいっぱいに開かれ、陽光が差しこんでいる居間が眩しい。いやなんでもないのだけれど、なにか厖大なものが、ぼくにやって来そうな気がするんだ。あんまり大きなかなしみや苦悩はぼくには向かないから、どこかよそへやってほしいんだけれど、なんだか、ドカッと来ちゃいそうな気がするんだ。ぼくは、(困るよ)って言っているんだけれど。
 誰にそう言っているの。よくわからないわ言っていることが。それにあなた、食事の途中でふっと立って、そのままここに来て俯いていたのよ。さ、お部屋に戻りましょ。
 そばに来たのはたしかに妻だが、はじめて見る顔のような気もする。(あなたはどなたですか)ってきいたら、なんて言うだろう。

辻征夫
鶯──こどもとさむらいの16篇」所収
1990

時計

いささか深く、酩酊し
足音忍ばせ、居間に入れば
卓上に、紙片あり。
おとうさん、宿題なので
詩を書きました
これでいいの?
みてください。
なになに
(とけいって
 ふしぎだな
 なにも しなくても
 いまなんじだか
 みれば わかる
 ふしぎだな)

ほんとに、不思議だな。
男が、ひとり
真夜中に、
詩を読んで
壁の時計をながめてる。
自分の家が、めずらしく
四方八方、眼をすえて
にらんでる。

不思議、だな。

辻征夫
鶯――こどもとさむらいの16篇」所収
1990

子守の書

大きい魂は親の魂である
小さい魂は子の魂である
アワアワと小さい魂は言っている
アワアワと大きい魂は言っている
連れ添って飛んでいる親と子の間では
アワアワはアワアワだと分かるのだ
地上でだれかが小さい魂を呼んだ
小さい魂は大きい魂の制止を無視して
地表近くまで急降下した
岸辺には若草が萌えていた
川魚が銀色に光って見えた
小さい魂は歓喜してアワアワと言った
全速力で追ってきた大きい魂は
ひとことも言わずに小さい魂をつかむと
高空へ飛び去った
しばらくして高空で
大きい魂が小さい魂を抱えて
ゆったりと飛んでいるのが見えた
あそこでも小さい魂はアワアワと言っている
あそこでも大きい魂はアワアワと言っている

広部英一
「愛染」所収
1990

ラブホテルの構造

馴染みの鮨屋の裏口の向いに
ラブホテルが出来たのでとうぜん話題は

そのことになった あの内部はいったい
どういう構造になっているのだろうか

そこは昔は原っぱで 少年たちは
丈高い草に隠れて少女たちと遊んだが

あるときダンプカーが来て大量の土砂を捨て
それが踏み固められて凸凹のある

眺望のいい空き地になり少年たちはもう
少女と遊ばなかった 少女は

急激におとなになってどこか遠くへ去り
少年たちも散り散りになったが

どういう風が吹いたのだろうか
数人が舞い戻ってしばらくすると

空地に工事が始まりラブホテルが出現したのである
それでその内部はいったい

どういう構造だろうかという問題だが
空想し(ある者は薀蓄を傾けて)論じあってるさなかに

この春N市の高校を出て来た見習いのアキラ君
出前に行こうと裏口を出た途端に向うからも

若い男女が出て来たので思わず尋ねてしまったそうだ
どんなだった?

男はアキラ君を睨み 可哀想に女性は
ハイヒールを鳴らして駆け去ったが

まじめなアキラ君はその後ろ姿に大声で言ってしまった
そういうイミじゃないんだよう! 内部は

どんなだったってきいたんだよう!

われわれにも 若くて どうしようもなく
おっちょこちょいの時代はあり

それはつい先日まで続いた感じだが
ようやく落着いた──と思ったらさにあらず

疲れただけだったんだ
こんどはぼくがアキラ君の眼の前へ

ぬっと出て来てみたいな もちろん
ラブホテルからだ

辻征夫
ヴェルレーヌの余白に」所収
1990

男の子って
どうして雲がすきなのかしらね
おばさん 小さな女の子だったけれど
こんなにおばさんになってもまだ
わからないわ どうしてなの?
雲ってね おばさん
未来とか とおい国とか まだ出会わないひととか
なんだかそういうものを感じさせるんだ
だから雲を見ながら
夢を見ているのさ男の子は──
それじゃ小さな雲だったら
小さな夢なの?
大きな大きな黒雲だったらどうなのよ
嵐が来るかもしれないのに──

どうしても わかってくれない
白い ふっくらした
雲みたいなぼくのおばさん

辻征夫
ボートを漕ぐおばさんの肖像」所収
1992

まぼろしの天体

おおきなまなざしの下 まぼろしの天体をゆく
ひかり充ちる半球
みどりの水は幾重にも岸を囲み
石のうえ 風は表層のリズムを刻みつづける
水藻吹く天地の揺らぎ
もえさかるくさいきれ
息急き切っておさない眼のひかりは境界をいそぐ

 

先端という先端
ゆびさきというゆびさきに吹くオレンジの火
あらゆる眼のなか
一点の傷もない青のたかみで自転する金の惑星
置き去られた静寂の庭の
記憶の半球に立って 声は<わがはじまりの名>を呼ぶ
「木よ」と
水盤はふたたびその天体の中心に置かれ
水音はおさない眼と耳のぴちぴちした葉群を蒼空にあずける
知っているのだろうか
世界という完全な球体は
一つの果実のなかにくりかえし実現され
またたくまにうしなわれてゆき
生の裏側でのみ
オレンジの枝はなお腕をのばし
憧れの球体は高くかがやく

 

完全な球体
なんの疑いもなく信じられた世界のうつくしすぎるまぼろし
生地の庭で
耳はそのにぎやかな空歌を聴き
足はそのまばゆい空虚を跨ぐ
おおきなまなざしの下で
金と砂の土地はくまなくそのあかるさに耐えている

新井豊美
「夜のくだもの」所収
1992

地下鉄

地下鉄のホームへ
階段を降りてたら若い二人が
柱のかげでキスするところ
女の顔がこっち向きだったものだから
ぼくとばっちり
眼があってしまった
女は顔を離してぼくを
びっくりした目付きで見つめ
このときぼくたちは知りあったってことになるのだろうか
微醺を帯びてたぼくは頷いて手を振り
女もちいさく
(男の頭のまうしろで)
手を振った
さようなら
会うは別れのはじめって
こういうことだね
ぼくはこれから
地下鉄へ
きみは男の唇へ
それから未知の
それぞれの人生の
果てへ

辻征夫
河口眺望」所収
1993

ロールシャッハ・テスト

 

いかにも峨々たる人口の岩の蔭に
雄のライオン 眉間に皺なんか寄せて
ふさふさした灰色の鬣が煩わしいからか
とき折り首まで揺すぶって見せて

迫力があるじゃん とハイティーンのアヴェック
立派だねえ と水筒をぶら下げた老人夫婦
よし俺も とナイロビ駐在が内定したばかりの商社マン
何が俺もか とこれは長髪の文学青年

かつては最も不味い餌にすぎなかったろう
ホモ・サピエンスに 始終じろじろ
これでは鬱になることだってあるだろう
またひと振り 鬱の鬣を振り解こうとして

が 彼には知る由もない おのれの鬣が
思わず黄金色の暈をまとってしまうことを
その一瞬の壮麗さに溜息をつくホモ・サピエンス
むろん 彼らにはまた知る由もないのだ

最も破壊的な行為へと跳躍させるのが
鬱の灰色の爆薬であることを 苟且にも
だから近づいてはならない 鬱の時代の
神にこそふさわしい暈 真昼の金環蝕には

 

 

スクリーンの上では
二頭のライオンが
じゃれ合っているのか啀み合ってるのか
左右対称のインクの汚点
片方の汚点が雲のような鬣を振りあげれば
もう片方も牙のようなものを剥き出す

喧しい 利いた風なことを
唐御陣は明智打ちのようには参りません*
結局は躁の一頭が鬱の一頭を
自刃へと追いつめる

生垣沿いに
ロールシャッハ・テストの火照りを冷ましながら
と 柘植よりひと際鮮かな緑の
蟷螂
茜さす雲の彼方に向かって
華奢な斧を振りあげていて
こいつは躁か鬱か

*勅使河原宏監督の映画「利休」

 

星野徹
Quo Vadis?」所収
1990