冬こもり
春さり来れば
鳴かざりし
鳥も来鳴きぬ
咲かざりし
花も咲けれど
山を茂み
入りても取らず
草深み
取りても見ず
秋山の
木の葉を見ては
黄葉をば
取りてぞしのぶ
青きをば
置きてぞ嘆く
そこし恨めし
秋山われは
額田王
「万葉集」所収
759
冬こもり
春さり来れば
鳴かざりし
鳥も来鳴きぬ
咲かざりし
花も咲けれど
山を茂み
入りても取らず
草深み
取りても見ず
秋山の
木の葉を見ては
黄葉をば
取りてぞしのぶ
青きをば
置きてぞ嘆く
そこし恨めし
秋山われは
額田王
「万葉集」所収
759
うつせみと
思ひし時に
取り持ちて
わが二人見し
走出の
堤に立てる
槻の木の
こちごちの枝の
春の葉の
茂きがごとく
思へりし
妹にはあれど
たのめりし
児らにはあれど
世間を
背きしえねば
かぎろひの
燃ゆる荒野に
白栲の
天領巾隠り
鳥じもの
朝立ちいまして
入日なす
隠りにしかば
我妹子が
形見に置ける
みどり子の
乞ひ泣くごとに
取り与ふる
物し無ければ
男じもの
脇はさみ持ち
我妹子と
ふたりわが宿し
枕付く
嬬屋のうちに
昼はも
うらさび暮らし
夜はも
息づき明かし
嘆けども
せむすべ知らに
恋ふれども
逢ふ因を無み
大鳥の
羽易の山に
わが恋ふる
妹は座すと
人の言へば
石根さくみて
なづみ来し
吉けくもそなき
うつせみと
思ひし妹が
玉かぎる
ほのかにだにも
見えなく思へば
柿本人麻呂
「万葉集」所収
759