Category archives: 1950 ─ 1959

会議室にて

机の前にたくさんの顔が並んでいる。
血のかよっている
笑ったり怒ったり話したりする顔
いつかみんないなくなる顔

とじられる目
つめたくなる唇
からっぽのがいこつ、

けれど永久になくならない
次々と生まれてくる顔
やがては全部交替する顔
それをじっとみまもっている
その交替をあざやかにみている眼——
それがある、きっと。

それが誰だかわからない
ひとり、たしかに一人いるのだが。

石垣りん
私の前にある鍋とお釜と燃える火と
1959

四月

起きもしない
外はまばゆい
何だか静かに
失はれてゆく

原民喜
かげろふ断章」所収
1956

 水から空へ
 いつぽんの葦が立つ。
葦は、ふるへる。
まつすぐな茎から

葉の末端までが
こまかにふるへる。
突つ立つたまゝ投げ箭が
ふるへてゐるやうに。

まみづと
しほみづのなかで
ゆられる葦は
ねたり起きたりしながら

ふなべりをこすり
舟のあふりで
うちひろがる波紋が、
なかば、水につかつて

ねむつてゐる
千本、万本の葦を
つぎつぎに
ざわめかせる。

あゝことしほど
秋の水が
こゝろと目にしみた
ことはなかつた。

水底にひたされた
葦の根をおしわけて
水のにほひの
いざなふままに、
舟と僕は、すゝむ。
ちぎれちぎれに
とぶ雲のしたを、
ひろがる水のうへを。

けふまで僕を捕まへてゐた
五十何年のながさから
とき放された僕を
小舟は、はこび

小舟はたゞよひ
僕をあそばせる。
舟ぞこにねそべつて
僕は、おもふ。

僕からながれ去つた
五十何年は
葦洲のむかうに
渺茫とつづいて

けぢめもつかない。
それにしても
なにがあつた。
どんなことが。

水のながれにも似た
時のながれにおされ、
ゆく水の、おもひもかけぬ
底のはやさにさらはれ、

愛憎の
もつれのまゝに
うきつ、しづみつ、
なにをみるひまも僕にはなかつた。

しかし、おどろく程のことはない。
女たちの
やさしさ以外は
みんなつまらないことばかりだ。

葦の葉から
葦の葉へ
ぬけてゆく風のやうに、みんな
こけおどかしにすぎないのだ。

コップに挿した
花茎のやうに
ほそうでをまげて
ふふと、笑ひかける女、

僕からついと身を避けて、
ふりむきもせず、流れていつた
ゆきずりの女。
女たちは、みんな花だつた。

水は、
それをはこんだ。
どこへ。
それはしらない。

五十何年が
ながれ去つたあとの
からからになつた僕の
なんといふかるさ。

なんといふあかるさ。
水のうへをゆく心に、さあ
きいてみるがいゝ。
つゆほどの反逆がのこつてゐるかと。

金子光晴
「非情」所収
1955

ある孤独ー後退

結論のまだはっきりしないうちに
わあっと立ちあがって
すばやい勢いで殺到してゆくのをみた。
ひとびとはくろく一団となって
地平線の彼方に視野から没した。
その移動がいっせいだったので
自分ひとりが後退しているのだとわたしは錯覚した。
ひとたび後退しはじめるときりがないものだと悔みながら、自分がますますしりぞいているのだとばかり思っていた。
わたしが自分のまわりをおずおずと見まわしたとき
いぜんとしてわたしがその森のなかにいることにおどろいた。
あまりにすばやくみんながどこかへいってしまったのだ。
ここは老木ばかりの森だと誰かがいっていたその森のなかだ。
みんなが捨てていった理由をわたしはそんな風に納得した。
陽がさしてきてわたしはあらためてその森を発見した。
老木たちの梢々は
萌え出たばかりのうすみどりのわか葉が
小びとの群が手まねきでもするようにやさしく陽にむかってゆれていた。
なにかしゃべくって、たのしくにぎやかに、わか葉たちは急速に成長していた。
自分の場を捨ててしりぞいてゆくのだと錯覚した自分がおかしかった。
わたしのなかのあわてものよ、自信喪失よ。
そうではないのか、まわりには焦げつくように南国の陽がさし
森のうえにふりそそぎ
木の間を通して地面につきささっていた。
台風のあと、今年二度目の秋のわか葉がもえ出たことを祝福しているのだ。
シイ、クス、ニクケイ、ヤマモモ、タブ、カシの類。そこにまじるモミ、トガ、カヤの針葉樹類。
亜熱帯常緑樹のしげった森が
つよい秋の陽にむかってそよいでいた。

秋山清
「ある孤独」所収
1959

かなしい真珠採りの歌

浮きあがる力とあらそつて
僕はくぐる。
ぎらつく水の底を。

涙が珠になるといふ
うつくしい貝を
僕は、さがしにゆく。

僕のまはりの海は
硝子球のやうにまはる。
上と下をとまどひながら、僕は
泡で沸騰した南太平洋を
もとの位置に戻さうともがく。

潮流のずれ目を
寒暖のくひちがひで
僕は、歪みながら
いのちがけでとどく。

水のそこの岩かげで
ほそぼそと泉が咽び、
うつくしい貝殻が
化粧をしにあつまるところ、

ちろちろする笠子や
縞鯛の子が
つながった影とともに
あそびにやつてくるところ。

秘密警察のスパイ然と
遠くからちろりと横目をくれて
人喰ひ鮫が
うろうろとみはつているところ。

かみそりのやうに水を引き裂きながら
指先から
沸立つた汐をふきながら
僕は、泣いている貝をさがす。

いちばんうつくしい珠。
夜も照りわたるその珠を
僕は、手わたすのだ。
煙草をくはえて
算盤をはじく商人に。

品物をねぶみして
買ひてにわたすだけで
べらぼうにまうける商人に。

いのちがけな
「真実」の顆を
ねだつて手に入れた
心つめたい女たちは、

石のやうに
振動のきこえない胸に
つらねてかざる。
むなしい詩のために。

金子光晴
人間の悲劇」所収
1952

足跡

ずつと昔のこと
一匹の狐が河岸の粘土層を走つていつた
それから
何万年かたつたあとに
その粘土層が化石となつて足跡が残つた
その足跡を見ると、むかし狐が何を考えて
 走つていつたのかがわかる

(口述)

蔵原伸二郎
岩魚」所収
1955

一個の人間

自分は一個の人間でありたい。
誰にも利用されない
誰にも頭をさげない
一個の人間でありたい。
他人を利用したり
他人をいびつにしたりしない
そのかわり自分もいびつにされない
一個の人間でありたい。

自分の最も深い泉から
最も新鮮な
生命の泉をくみとる
一個の人間でありたい。

誰もが見て
これでこそ人間だと思う
一個の人間でありたい。
一個の人間は
一個の人間でいいのではないか
一個の人間

武者小路実篤
武者小路実篤詩集」所収
1953

智慧

死が
僕の傍に近寄って来たら
僕はじッと 死んだ振りをしていよう

そうして死を だまして
やりすごしてやろう
このかなぶんぶんのように

小さなかなぶんぶんよ
その哀しい智慧よ
はかないいのちの智慧よ

虫の智慧に教えられた
死んだ真似を 死も
人間のように 見抜くであろうか

早く飛び立て はかない虫よ
小さくても病んでないかなぶんぶんよ
思いきり大空へ 飛べる間に飛んでおくがいい

高見順
樹木派」所収
1950

あじさい

また季節はめぐりきて うすむらさきのほほえみはよみがえる あなたは思い出 いつみても懐かしい いつまでもあなたのそばにいると あなたの色が沁みこんでくるようだ かけがえのない愛の色よ あなたの繁みの奥に こころのゆりかごを静かにゆり動かす手がある あなたの蔭に「時」のない影がある だがもう あなたの芯から名前は生まれではしても むかしのあなたではない あの日のいのちとともにうすれて いつか消えてしまった ただひとたびの美しさよ いまあなたにくまどられながら じっとあなたをみつめていると 眼が痛くなり 眼を閉じると 急にまわりが広くなる 遠いものは近くなり 近いものは遠くなる あなたの中に私が在るのか 私の中にあなたが在るのか わからなくなる そして 人というものが哀しくなってくる

金井直
「飢渇」所収
1956

西瓜畑

昨日まで
ごろごろころがつていた 西瓜畑に
今日は
何にもない
未知の人に盗まれたのだ

原つぱと空ばかりがあつた
白い雲が往つたり来たりして
西瓜を探している

一人の若い女がやつてきた
女は西瓜のことなど知りはしない
充実した腰をふりながら
のぼせた顔をして
すたすたと 未知の世界へ行つた

やがて女も消えた
原つぱがあつて その上に空があつた

蔵原伸二郎
岩魚」所収
1955