A
いかにも峨々たる人口の岩の蔭に
雄のライオン 眉間に皺なんか寄せて
ふさふさした灰色の鬣が煩わしいからか
とき折り首まで揺すぶって見せて
迫力があるじゃん とハイティーンのアヴェック
立派だねえ と水筒をぶら下げた老人夫婦
よし俺も とナイロビ駐在が内定したばかりの商社マン
何が俺もか とこれは長髪の文学青年
かつては最も不味い餌にすぎなかったろう
ホモ・サピエンスに 始終じろじろ
これでは鬱になることだってあるだろう
またひと振り 鬱の鬣を振り解こうとして
が 彼には知る由もない おのれの鬣が
思わず黄金色の暈をまとってしまうことを
その一瞬の壮麗さに溜息をつくホモ・サピエンス
むろん 彼らにはまた知る由もないのだ
最も破壊的な行為へと跳躍させるのが
鬱の灰色の爆薬であることを 苟且にも
だから近づいてはならない 鬱の時代の
神にこそふさわしい暈 真昼の金環蝕には
B
スクリーンの上では
二頭のライオンが
じゃれ合っているのか啀み合ってるのか
左右対称のインクの汚点
片方の汚点が雲のような鬣を振りあげれば
もう片方も牙のようなものを剥き出す
喧しい 利いた風なことを
唐御陣は明智打ちのようには参りません*
結局は躁の一頭が鬱の一頭を
自刃へと追いつめる
生垣沿いに
ロールシャッハ・テストの火照りを冷ましながら
と 柘植よりひと際鮮かな緑の
蟷螂
茜さす雲の彼方に向かって
華奢な斧を振りあげていて
こいつは躁か鬱か
*勅使河原宏監督の映画「利休」
星野徹
「Quo Vadis?」所収
1990