Category archives: 1980 ─ 1989

ここでわたしよ、すこしの間

わたしよ、しずかに
いまはここにいて
いちばんたんじゅんな世界を想ってみよう

    ゆれている若木と
    ゆれている影と・・・

そこに立つユーカリの枝に
宇宙の清潔な時のかけらが流れつき
あらたに出発してゆくものたちの影が枝々から
いきおいよく跳躍している

    ゆれている梢の
    ゆれている葉むれの中から

空に向かって まばたく
千の眼があおあおと放たれ
地に向かって 数千の
こどくな脚がさらにふかくあたためられている
至福へのまぼろしが
丘の上に若いユーカリを立たせ
地上にとってそれは
とるに足りない<物語>であるにしても

いまはただ
たんじゅんな生命について考えていよう
ここから翔びたって果てから果てへ
おおきな渦を空に描き
さまよいつづけるわたしの鳥たちのために

ここでわたしよ、すこしの間
眼を閉じてさいしょに見えるものについてだけ
想っていよう
光と 雲と
やがてわたしの上にひろがり
やすらげてくれる緑の円蓋

<愛>という
観念について

新井豊美
「半島を吹く風の歌」所収
1988

胃袋

毎日
胃袋を覗く
せせっこましい暗室の中で
白い鈎形の影の

臍から何寸下がっているから
あなたの胃袋は病気だと
前後 左右に
おしつけ こすりあげる

黄変米をこなし
雑魚をくらい
MSA小麦を喰いつくした
白い影が
目の前でゆれる

何十年かを生き抜いた
君の胃が
飲み
くらい
こなしつづけたものが
どれだけ
君の肉であり
君の知恵であったか

君の胃は
何十年
日本の政治の排泄物をくらいつづけてきた

そして
胃は
むくみ ただれ
あげくの果ては
このほじくれた激痛の
悔恨に似た穴だ

世の中の
巨大な胃袋のなかで
僕は
どろどろに溶かされながら
白い鈎形の影を追いつめる

御庄博実
「御庄博実詩集」所収
1987

吉日

 一年生の新しい教科書の裏へ、私の名とともに、父が大正九年四月吉日と書いてくれたのを覚えている。その、吉日というのがいぶかしく、吉日という読み方と意味を、父から聞いたようにもおもうがさだかでない。
 父は吉日という言葉が好きだったようだ。私へくれる手紙の日附はきまっていつも吉日だった。それが月のはじめでも終りでも、三月吉日、五月吉日、十月吉日というふうに。生母を早く亡くした父は幼い日から苦労をしたようだし、私の知っている後半生も決して幸せなものではなかった。
 キチニチ、キチジツ、──私の使っている辞書にはこう出ている。めでたい日。よい日がら。物事をするのに良い日。
 友達の娘が小学校へ入学したお祝いに、私はこころばかりの贈物をし手紙を書いた。その手紙の終りの日附に私は四月吉日と書いた。四月一日でも、四月二日でもなく、その時の私の気持は、どうしても四月吉日でなければならなかったのだ。

大木実
「蝉」所収
1981

働かざるもの食うべからず

ぐうたらで、不平家で、ろくでなしで、腹へらし。
木の頭、木の手足の操り人形だった、ピノッキオは。
顔のまんなかに、先もみえないほどの長い鼻。
耳はなかった。だから、忠告を聞くことができなかった。

悪戯好きで、札つきの横着者で、なまけもの。
この世のありとあらゆる仕事のうちで、ピノッキオに
ほんとうにすばらしいとおもえる仕事は、ただ一つだった。
朝から晩まで、食って飲んで、眠って遊んでという仕事。

勉強ぎらい、働くこと大きらい、できるのはただ大あくび。
貧しくてひもじくて、あくびすると胃がとびだしそうだ。
けれども誰にも同情も、物も乞うこともしなかった。
食べるために働くひつようのない国を、ひたぶるに夢みた。

この世は性にあわない。新しいパン一切れ、ミルク・コーヒー、
腸詰のおおきな切り身、それから砂糖漬けの果物。
巴旦杏の実のついた甘菓子、クリームをのせた蒸し菓子、
一千本のロゾリオやアルケルメスなどのおいしいリキュール。

それらを味わいたければ身を砕いて働けだなんで、
ぼくは働くために生まれてなんかきたんじゃないや。
腹へらしのなまけものの操り人形は、ぶつぶつ言った。
まったくなんで世の中だろう。稼ぎがすべてだなんて。

こころの優しい人があわれんで、パンと焼鳥をくれた。
ところが、そのパンは石灰で、焼鳥は厚紙だった。
服を売って、やっと金貨を手に入れて、土に埋めた。
水もどっさり掛けたが、金貨のなる木は生えなかった。

胃は、空家のまま五カ月も人が住んでない家のよう。
それでもピノッキオは言いはった。骨折るのはまっぴらだ。
操り人形が倒れると、駆けつけた医師はきっぱりと言った。
死んでなきゃ生きてる。不幸にも生きてなきゃ死んでいる。

*コッローディ「ピノッキオ」(柏熊達生訳)

長田弘
食卓一期一会」所収
1987

林檎の香

季節は老いゆく ゆるやかに
ひと日ひと日の陽のきらめきを
樹樹の根かたに蒼くしづめながら

時は透明な火となり樹の管をのぼる
なか空にひろがる枝枝の網目に
まろやかな果實を熟れさせるために

老いた季節は ある夜ひそかに
しろがねの夢を吐瀉してたち去る
果肉のなかに 凍る香りをとどめて

那珂太郎
「空我山房日乗其他」所収
1985

原っぱ

 原っぱには、何もなかった。ブランコも、遊動円木も
なかった。ベンチもなかった。一本の木もなかったから、
木蔭もなかった。激しい雨が降ると、そこにもここにも、
おおきな水溜まりができた。原っぱのへりは、いつもぼ
うぼうの草むらだった。
 きみがはじめてトカゲをみたのは、原っぱの草むらだ。
はじめてカミキリムシをつかまえたのも。きみは原っぱ
で、自転車に乗ることをおぼえた。野球をおぼえた。は
じめて口惜し泣きした。春に、タンポポがいっせいに空
飛ぶのをみたのも、夏に、はじめてアンタレスという名
の星をおぼえたのも、原っぱだ。冬の風にはじめて大凧
を揚げたのも。原っぱは、いまはもうなくなってしまっ
た。
 原っぱには、何もなかったのだ。けれども、誰のもの
でもなかった何もない原っぱには、ほかのどこにもない
ものがあった。きみの自由が。

長田弘
深呼吸の必要」所収
1984

朝食にオムレツを

ピーマンを小さく角切りにした。
トマトも小さく角切りにした。
マッシュルームを薄切りにした。
チーズも小さくコロコロに切った。

ボウルに四コ、卵を割り入れた。
泡立てないように掻きほぐした。
ピーマンとトマトとマッシュルームとチーズと
生クリームと塩と胡椒をくわえた。

厚手のフライパンにサラダ油を注いだ。
熱して十分になじんでから油をあけた。
それから、バターを落として熱しておいて
時混ぜた卵液を一どに流し込んだ。

中火で手早く掻きまぜた。
六分目くらいに火が通ったら返すのだ。
そのとき、まちがいに気がついた。
きみは二人分のオムレツをつくってしまったのだ。

別れたことは正しいといまも信じている。
ずいぶん考えたすえにそうしたのだ。
だが今朝は、このオムレツを一人で食べねばならない。
正しいということはとてもさびしいことだった。

長田弘
食卓一期一会」所収
1987

ゴッホの絵

 ゴッホが死んだ後、部屋に残されてあった多くの絵を、弟テオはためらいも惜しげもなく、人々に与えてしまったという。反古紙を始末するように、画商の弟が──。

 生きているあいだ絵が売れず、
 売れない絵を描き続けて、死んだゴッホ。

 値うちは、
 誰が決める、何が決める、後の日に。

大木実
「蟬」所収
1981

砂の思想

わたしの中でいつからか姿を消してしまった
ロプノール 多分そのためだろう
東から西へ 南から北へ
せわしなく移動する鳥の群
何はさて措き彼らの後を追わねばならない

もしも僅かに緑を添える蕁麻でもあれば
地下にせせらぎを響かせているであろう伏流を
その水脈の暗い曲折を想像できる
が 灼けつく光と赤茶けた石ばかりで
鳥の糞一つ落ちていない

考えてもみよ 実体が影をともなわぬ世界だ
朝 砂から出立し 夜 砂に沈む
砂の太陽だなんて大それた──
あらゆる影は蒸発して気配も留めない
まして比喩の影などは

ただ伏流が再び噴き出るかも知れない
わたしの地表 その万が一の地点を卜し
一夜の天幕を張ること その後はもう
言わずと知れたこと 襟首のあたりから
蕁麻が萌え出る夢を見る

星野徹
落毛鈔」所収
1985

果実

ひかりは手加減もなくためらいもなく
いたるところからさんさんとはいってきた
かたくとざしている内側の未熟を
ものなれたあたたかいゆびさきが
ゆっくりと愛撫すると
われにもあらずうっとりとやわらいでいくのだった
とじこめることでかたくまもってきた非熟の生硬さが
いなやもなくひかりにおかされてみちたりていくと
果実はもののみごとに完熟して
もうなんのこころおきもなく
みずからのおいしさだけに身ゆだねるのだった

征矢泰子
花のかたち 人のかたち」所収
1989