Category archives: 1930 ─ 1939

砲塁

破片は一つに寄り添はうとしてゐた
亀裂はいま微笑まうとしてゐた
砲身は起き上つて
ふたたび砲架に坐らうとしてゐた
みんな儚い原形を夢みてゐた
ひと風ごとに砂に埋れて行つた
見えない海
候鳥の閃き

丸山薫
帆・ランプ・鷗」所収
1932

理髪店

土用に入る
散髪屋が欅の木の下で仕事をする
サアボンの匂ひが村一杯に流れる
真桑瓜のやうな頭にニッケルの鋏がトンボのやうにとまる

北園克衛
夏の手紙」所収
1937

罰当りは生きてゐる

あなたは一人息子を「えらい人」に成らせたかつた
「えらい人」に成らせるには学問をさせなければならなかつた
学問をさせるには金の要る世の中で
肉体よりほかに売るものを持たないあなたは何を売らねばならなかつたか
だのにその子は不良で学校を嫌つた
命令と服従の関係がわからなかつた
先生の有難味といふものがわからなかつた
強ひられることには何でも背中を向けた
学校へは上級生と喧嘩をしに行くのであつた
一から十まであなたに逆らふ手のつけられない「罰当り」だつた
その子はあなたを殴りさへした
——その時その子が物陰で泣いてゐたことをあなたは知つてゐますか
それでもあなたはその因果な罰当りを天地に代へて愛さずにはゐられなかつた

学校を追はれた不良児は当然社会の不良になつた
社会の不良は「えらい人」が何より嫌ひでそいつらに果し状をつきつけた
「善良な社会の風習」に断乎として反抗した
その罰当りがここに生きてゐる
正義とは何かを摑んで自分を曲げずに生き抜かうとする叛逆者の仲間に加はつて
警察へひつぱられたり あつちこつち渡り歩いたり
飢ゑて死んでも負けるかと言つて生き通してゐる

お母さん!
あなたが死んで十年
だがあなたの腹から出てあなたを蹴つた罰当りの一人息子は此の世に頑然と生きてゐます

岡本潤
「罰当りは生きてゐる」所収
1933

少年

あるひはその小川の流れに沿つて桑畑が靡いてゐて
犬も少年達も万年筆を食べたやうに青い舌を出す
この少年達はてんでに蕗の葉をささげてゐたが
その蕗の葉のなかで桑の実がチャンピオンインクのやうに光る

北園克衛
夏の手紙」所収
1937

汽車に乗つて

汽車に乗つて
あいるらんどのやうな田舎へ行かう
ひとびとが祭の日傘をくるくるまはし
日が照りながら雨のふる 
あいるらんどのやうな田舎へゆかう
車窓に映つた自分の顔を道づれにして 
湖水をわたり 隧道をくぐり
珍しい少女や牛の歩いてゐる
あいるらんどのやうな田舎へゆかう

丸山薫
幼年」所収
1935

母の言葉

「豆腐が五銭に、油揚が三銭に、
 味噌も、紙も。魚も魚河岸の争議から。
 何もかも高うなった。
 何で物が上がるやら。みんな、高うなった、高うなった、とこぼしているに。」

「となりは巡査一人のはたらきに
 六人の子ども。
 おかみさんもやりきれまい。」

「シュギシャみたいなことしとったんじゃ
 仕事などあるまい。
 憲兵が来る、刑事が来る、
 近所じゃなんと思うか。
 仕事のない者が、なんでそんなに夜がおそいか。
 諸式が高うなったら、どうするか。」

「座布団の上に小便しとった。
 四匹もおる、どれだか解りゃせん。
 もうままも食うし、魚も食う。
 この家に来てから生れたが、早いものじゃ。
 猫も冬は寒かろうから、陽のあたる家に
 早よう越したい。」

「向うの家から貰うたんじゃ。
 これは隣からもろうた。
 やったり、とったり、ここは長屋だけに
 田舎にいた時と同じじゃ。
 うまくもないが、よそから貰うたんじゃから、みんな食うてしまえ。」

秋山清
豚と鶏」所収
1933

機関車

彼は巨大な図体を持ち
黒い千貫の重量を持つ
彼の身体の各部はことごとく測定されてあり
彼の導管と車輪と無数のねじとは隈なく磨かれてある
彼の動くとき
メートルの針は敏感に回転し
彼の走るとき
軌道と枕木といつせいに振動する
シヤワッ シヤワッ という音を立てて彼のピストンの腕が動きはじめるとき
それが車輪をかきたてかきまわして行くとき
町と村々とをまつしぐらに駆けぬけて行くのを見るとき
おれの心臓はとどろき
おれの両眼は泪ぐむ
真鍮の文字板をかかげ
赤いランプを下げ
つねに煙をくぐつて千人の生活を運ぶもの
旗とシグナルとハンドルとによつて
かがやく軌道の上をまつたき統制のうちに驀進するもの
その律儀者の大男のうしろ姿に
おれら今あつい手をあげる

中野重治
「中野重治詩集」所収
1931

お花がちって
実がうれて、

その実が落ちて
葉が落ちて、

それから芽が出て
花がさく。

そうして何べん
まわったら、
この木はご用が
すむかしら。

金子みすゞ
金子みすゞ童謡全集」所収
1930

軽いロマンス

菫の花の匂ひのする
若いアミの傍で
洒落たグライダアについて考へる

「僕のグライダアを何いろに塗らうかな」
「ゴリラいろにお塗りなさい」
お ゴリラいろのグライダアは釘抜きのやうに空をすべり
一杯の熱い珈琲が
僕たちの意味ないわらひを温める

友よ
かうしたひと時の
またかへらない淡い日を惜しみ
ちひさな町の公園を横切つたことがあるか
それは落葉にみちた

北園克衛
「定本・若いコロニイ」所収
1932

千鳥と遊ぶ智恵子

人つ子ひとり居ない九十九里の砂浜の
砂にすわつて智恵子は遊ぶ。
無数の友だちが智恵子の名をよぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちい――
砂に小さな趾あとをつけて
千鳥が智恵子に寄つて来る。
口の中でいつでも何か言つてる智恵子が
両手をあげてよびかへす。
ちい、ちい、ちい――
両手の貝を千鳥がねだる。
智恵子はそれをぱらぱら投げる。
群れ立つ千鳥が智恵子をよぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちい――
人間商売さらりとやめて、
もう天然の向うへ行つてしまつた智恵子の
うしろ姿がぽつんと見える。
二丁も離れた防風林の夕日の中で
松の花粉をあびながら私はいつまでも立ち尽す。

高村光太郎
智恵子抄」所収
1937