Category archives: 1950 ─ 1959

女を愛するとは

女を愛するとは
ひとりの女のすがたを描きかえることだ
また葡萄のひと房のなかに閉じこめることた
死からも水晶からも解き放つことだ

もう真つすぐに立つことができない女に
しずかな大理石の台座を与えよう
女の日日はむなしい心づかいに疲れはてて ふと
階段に立つていい知れぬ遥かなものを感じておもいにふける

こよいその庭でぼくは緑をささげる一本の樹だ
ぼくはゆたかな時を頭上にいただき
生命をいつも足もとにじかに感じて立つ愛の木だ

女を愛するとは
ほんとうの姿にたえず女を近づけることだ
神の姿を追つていくたびとなく描きかえることだ

嵯峨信之
「愛と死の数え唄」所収
1957

裸木

すっかり葉の落ちつくした
けやきの枝々の あちらがわが
はっきり視える
いままで視えなかった気づかなかった
いろいろのものが
そこに視える

わたし達の人生も
そうなのだろう
さまざまなもののつながりや
意味が
あきらかに視えてくるのも
きっと 人生の終りになってからなのだろう

大木実
「天の川」所収
1957

目ぶたをおろしてください

私が死んだら棺にいれて
その棺のふたをあけて
大ぜいの人に私のかおをみせてください。
目をあけていたら目ぶたをおろしてください。
視力のはたらかぬ目をみひらいているむだを私からはぶいてください。
よどんだ額のしわとひくくつえた鼻腔。
半びらきのくちびる。あごひげ。
私の形をしたままで私ではなくなった私。
水分と脂肪と含水炭素と石灰と
その混合集積物は 冷えきって
硬直して
その、モノになってしまった私のほかに
私はもうない。
私ではないモノがそこにねている。
その私のそばで
あなたがたは知るでしょう。
それがそこにあるために
空気がしんしんとなるような
昨日まで生きていた人間の死体というもののいやらしいしずかさを。
私はおことわりしたい。
私の死体のかたわらで
思い出ばなしなどくりかえすじれったさを。
死はすぎゆく姿です。ぜんまいのきれた古時計。
やくざな物質に冷えかたまった私を
みなさんは、よくみてください。
そのこわばったかおつきは
生きていたあいだの ごうまんも ひねくれも 出しゃばり おしゃべり ごうつくばりも
心のこりなく生きようと
力いっぱいふるまったものの
死顔のおだやかさです。
いまは、私ではないものがそこにあるというだけのことです。
機械がみんなとまってしまい
心がはたらかなくなった
私の形をしたモノの私をみて、そして心の底の方で
ぞんぶんに生きることをしなかったかわりに
死ぬことをこわがってそわそわしている
みなさんを
私がそれをみられないことが
すこうし残念なだけです。
天候のよしあしなどにはおかまいなく
死んだらすぐ杉の棺にでも私をねかせてください。
瞳孔がいっぱいになって
みえもしない目を
みひらいていることがないように
私の二枚の目ぶたをおろしてください。

秋山清
「象のはなし」所収
1959

青空

  1 

 最初、わたしの青空のなかに、あなたは白く浮かび上がった塔だった。あなたは初夏の光の中でおおきく笑った。わたしはその日、河原におりて笹舟をながし、溢れる夢を絵具のように水に溶いた。空の高みへ小鳥の群はひっきりなしに突き抜けていた。空はいつでも青かった。わたしはわたしの夢の過剰でいっぱいだった。白い花は梢でゆさゆさ揺れていた。

  2 

ふたたびはその掌の感触に
わたしの頬の染まることもないであろう
その髪がわたしの耳をなぶるには
冬の風はあまりに強い

わたしの胸に朽葉色して甦える悲しい顔よ
はじめからわかっていたんだ
うつむいてわたしはきつく唇を嚙む
今はもう自負心だけがわたしを支え
そしてさいなむ

ひとは理解しあえるだろうか
ひとは理解しあえぬだろう

わたしの上にくずれつづける灰色の冬の壁
空の裂目に首を出して
なお笑うのはだれなのか
日差しはあんまり柔らかすぎる
わたしのなかの瓦礫の山に こわれた記憶に

ひとはゆるしあえるだろうか
ひとはゆるしあうだろう さりげない微笑のしたで

たえまなく風が寄せて
焼けた手紙と遠い笑いが運ばれてくる
わたしの中でもういちど焦点が合う
記憶のレンズの・・・
燃えるものはなにもない!

明日こそわたしは渡るだろう
あの吊橋
ひとりづつしか渡れないあの吊橋を
思い出のしげみは 二月の雨にくれてやる

大岡信
記憶と現在」所収
1956

死と蝙蝠傘の詩


その黒い憂愁
の骨
の薔薇

五月
の夜
は雨すら
黒い


は壁のため
の影
にうつり



泡だつ円錐
の壁

その
湿つた孤独

黒い翼

あるひは
黒い

のある髭の偶像

北園克衛
「黒い火」所収
1951

ぼくらにある住家

ぼくの信ずるものを
信じてくれ。
ぼくらにある住家。
お前が裂く小さい魚。
鱗にちりばめる光。
なにもない皿の
青いパセリ。
それは日なのだ。
ぼくらなのだ。
ぼくの信ずるものを
信じてくれ。
扉をひらくようにしか
先が見えないぼくら。
ぼくはいつも感ずる、
ぼくらの手にある重みのように
朝が来た、
昼が動いた、
夜が沈んだ、と。
ぼくの信ずるものを
信じてくれ。
ぼくらにある住家。
火があり、
空があり、
時がある、と。
愛する者よ、
このたとえようもない
日々の事物の底で、
ぼくらはひろい世界を獲る、と

菅原克己
「日の底」所収
1958

たかが詩人

あなたのお人形ケースにしても
あなたの赤いセーターにしても
あなたが勝手にひとにやってしまうには
なんといろいろの義理や
なんといろいろの都合の悪いことが
この世にあることだろう
きっとあなたそのものも
あなたが勝手にひとにやってしまうには
お人形ケースやセーターと比べ物にならぬくらい
いろいろの義理や
都合の悪いことがあるのだ
欲しがってならないものを欲しがった後の
子供のように
僕は夜の道をひとり
風に吹かれて帰ってゆく

新しい航海に出る前に
船は船底についたカキガラをすっかり落とすという
僕も一度は船大工になれると思ったのだ
ところが船大工どころか
たかが詩人だった

黒田三郎
ひとりの女に」所収
1954

白いものが

私の家では空が少ない
両手をひろげたらはいってしまいそうなほど狭い
けれど深く、高い空に
幸い今日も晴天で私の干した洗濯物が竿に三本、

ここ六軒の長屋の裏手が
一つの共同井戸をまん中に向き合っている
そのしきりのように立っている六組の物干場
その西側の一番隅に
キラリ、チラリ、しずくを飛ばしてひるがえる
あれは私の日曜の旗、白い旗。

この旗が白くひるがえる日のしあわせ
白い布地が白く干上るよろこび
これはながい戦争のあとに
やっとかかげ得たもの
今後ふたたびおかすものに私は抵抗する。

手に残る小さな石鹸は今でこそ二十円だが
お金で買えない日があった
石鹸のない日にはお米もなかった
お米のない日には
お義母さんの情も私の椀に乏しくて
人中で気取っていても心は餓鬼となり果てた、

その思い出を落すのにも
こころのよごれを落すのにも
やはり要るものがある
生活をゆたかにする、生活を明るくする
日常になくてはならぬものが、ある。

日常になくてはならぬものがないと
あるはずのものまで消えてしまう
たとえば優しい情愛や礼節
そんなものまで乏しくなる。

私は石鹸のある喜びを深く思う
これのない日があった
その時
白いものが白くこの世に在ることは出来なかった、

忘れらないことである。

石垣りん
私の前にある鍋とお釜と燃える火と」所収
1959

私の足に

私の足に合う靴はない。
私にぴったりする靴は
星の間にでも懸っているだろう。
私は第一靴と云うものを好かないのだ。
足の形につくって足にはめると云うことは
全く俗なことではないか。
それに奴隷的なことでさえある。
私はもっと軽くもっと翼のあるものがいい。
もっと水気があって、もっとたんわりしたものを選ぶ。
そんな風に人々はちっとも考えないのか。
ひさし髪と云うものが当然であった時もあった。
長い裾をひきずらなくては
恥かしくて歩けない時もあった

夜、星のすべすべした中に靴をさがす。
靴型星座をたずねあぐんで、
私のもすそはその時東の暁け方にふれる。
けれども夜があけて私は草の上に立っている。
私の蹠(あしうら)は大方の靴よりも美しい。
そしてこの蹠はいつも飢えているのだ。
そしていつも砂礫に血を流すのだ。

永瀬清子
「山上の死者」所収
1954

女湯

一九五八年元旦の午前0時
ほかほかといちめんに湯煙りをあげている公衆浴場は
ぎっしり芋を洗う盛況。

脂と垢で茶ににごり
毛などからむ藻のようなものがただよう
湯舟の湯
を盛り上げ、あふれさせる
はいっている人間の血の多量、

それら満潮の岸に
たかだか二五円位の石鹸がかもす白い泡
新しい年にむかって泡の中からヴィナスが生れる。

これは東京の、とある町の片隅
庶民のくらしのなかのはかない伝説である。

つめたい風が吹きこんで扉がひらかれる
と、ゴマジオ色のパーマネントが
あざらしのような洗い髪で外界へ出ていった
過去と未来の二枚貝のあいだから
片手を前にあてて、

待っているのは竹籠の中の粗末な衣装
それこそ、彼女のケンリであった。

こうして日本のヴィナスは
ポッティチェリが画いたよりも
古い絵の中にいる、

文化も文明も
まだアンモニア臭をただよわせている
未開の
ドロドロの浴槽である。

石垣りん
私の前にある鍋とお釜と燃える火と」所収
1959