あなたのお人形ケースにしても
あなたの赤いセーターにしても
あなたが勝手にひとにやってしまうには
なんといろいろの義理や
なんといろいろの都合の悪いことが
この世にあることだろう
きっとあなたそのものも
あなたが勝手にひとにやってしまうには
お人形ケースやセーターと比べ物にならぬくらい
いろいろの義理や
都合の悪いことがあるのだ
欲しがってならないものを欲しがった後の
子供のように
僕は夜の道をひとり
風に吹かれて帰ってゆく
新しい航海に出る前に
船は船底についたカキガラをすっかり落とすという
僕も一度は船大工になれると思ったのだ
ところが船大工どころか
たかが詩人だった
黒田三郎
「ひとりの女に」所収
1954