私の家では空が少ない
両手をひろげたらはいってしまいそうなほど狭い
けれど深く、高い空に
幸い今日も晴天で私の干した洗濯物が竿に三本、
ここ六軒の長屋の裏手が
一つの共同井戸をまん中に向き合っている
そのしきりのように立っている六組の物干場
その西側の一番隅に
キラリ、チラリ、しずくを飛ばしてひるがえる
あれは私の日曜の旗、白い旗。
この旗が白くひるがえる日のしあわせ
白い布地が白く干上るよろこび
これはながい戦争のあとに
やっとかかげ得たもの
今後ふたたびおかすものに私は抵抗する。
手に残る小さな石鹸は今でこそ二十円だが
お金で買えない日があった
石鹸のない日にはお米もなかった
お米のない日には
お義母さんの情も私の椀に乏しくて
人中で気取っていても心は餓鬼となり果てた、
その思い出を落すのにも
こころのよごれを落すのにも
やはり要るものがある
生活をゆたかにする、生活を明るくする
日常になくてはならぬものが、ある。
日常になくてはならぬものがないと
あるはずのものまで消えてしまう
たとえば優しい情愛や礼節
そんなものまで乏しくなる。
私は石鹸のある喜びを深く思う
これのない日があった
その時
白いものが白くこの世に在ることは出来なかった、
忘れらないことである。
石垣りん
「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」所収
1959