私が死んだら棺にいれて
その棺のふたをあけて
大ぜいの人に私のかおをみせてください。
目をあけていたら目ぶたをおろしてください。
視力のはたらかぬ目をみひらいているむだを私からはぶいてください。
よどんだ額のしわとひくくつえた鼻腔。
半びらきのくちびる。あごひげ。
私の形をしたままで私ではなくなった私。
水分と脂肪と含水炭素と石灰と
その混合集積物は 冷えきって
硬直して
その、モノになってしまった私のほかに
私はもうない。
私ではないモノがそこにねている。
その私のそばで
あなたがたは知るでしょう。
それがそこにあるために
空気がしんしんとなるような
昨日まで生きていた人間の死体というもののいやらしいしずかさを。
私はおことわりしたい。
私の死体のかたわらで
思い出ばなしなどくりかえすじれったさを。
死はすぎゆく姿です。ぜんまいのきれた古時計。
やくざな物質に冷えかたまった私を
みなさんは、よくみてください。
そのこわばったかおつきは
生きていたあいだの ごうまんも ひねくれも 出しゃばり おしゃべり ごうつくばりも
心のこりなく生きようと
力いっぱいふるまったものの
死顔のおだやかさです。
いまは、私ではないものがそこにあるというだけのことです。
機械がみんなとまってしまい
心がはたらかなくなった
私の形をしたモノの私をみて、そして心の底の方で
ぞんぶんに生きることをしなかったかわりに
死ぬことをこわがってそわそわしている
みなさんを
私がそれをみられないことが
すこうし残念なだけです。
天候のよしあしなどにはおかまいなく
死んだらすぐ杉の棺にでも私をねかせてください。
瞳孔がいっぱいになって
みえもしない目を
みひらいていることがないように
私の二枚の目ぶたをおろしてください。
秋山清
「象のはなし」所収
1959