街はいくさがたりであふれ
どこへいっても征くはなし 勝ったはなし
三ヶ月もたてばぼくも征くのだけれど
だけど こうしてぼんやりしている
ぼくがいくさに征ったなら
一体ぼくはなにするだろう てがらたてるかな
だれもかれもおとこならみんな征く
ぼくも征くのだけれど 征くのだけれど
なんにもできず
蝶をとったり 子供とあそんだり
うっかりしていて戦死するかしら
そんなまぬけなぼくなので
どうか人なみにいくさができますよう
成田山に願かけた
竹内浩三
「愚の旗」所収
1956
街はいくさがたりであふれ
どこへいっても征くはなし 勝ったはなし
三ヶ月もたてばぼくも征くのだけれど
だけど こうしてぼんやりしている
ぼくがいくさに征ったなら
一体ぼくはなにするだろう てがらたてるかな
だれもかれもおとこならみんな征く
ぼくも征くのだけれど 征くのだけれど
なんにもできず
蝶をとったり 子供とあそんだり
うっかりしていて戦死するかしら
そんなまぬけなぼくなので
どうか人なみにいくさができますよう
成田山に願かけた
竹内浩三
「愚の旗」所収
1956
暖い靜かな夕方の空を
百羽ばかりの雁が
一列になつて飛んで行く
天も地も動か無い靜かな景色の中を、不思議に默つて
同じ樣に一つ一つセツセと羽を動かして
黒い列をつくつて
靜かに音も立てずに横切つてゆく
側へ行つたら翅の音が騷がしいのだらう
息切れがして疲れて居るのもあるのだらう。
だが地上にはそれは聞えない
彼等は皆んなが默つて、心でいたはり合ひ助け合つて飛んでゆく。
前のものが後になり、後ろの者が前になり
心が心を助けて、セツセセツセと
勇ましく飛んで行く。
その中には親子もあらう、兄弟姉妹も友人もあるにちがひない
この空氣も柔いで靜かな風のない夕方の空を選んで、
一團になつて飛んで行く
暖い一團の心よ。
天も地も動かない靜かさの中を汝許りが動いてゆく
默つてすてきな早さで
見て居る内に通り過ぎてしまふ
千家元麿
「自分は見た」所収
1918
月が痛む、光を失うた月の亡骸は赤銅色をして気絶した。
滅びてしまうやうでもあり、生きかへるようでもあり、萎えはてた月の面は苦痛にあへぎ、絶望にうめく。
夜の力はゆるんでいく。
鳥は塒から落ち、人は地に躓く、葉は黒い息を吐き大地は静かに沈んでゆく。
まだ月が痛む。
たよりない色よ、心細い姿よ、生きる勢ひはまるで失せた地平に落ちるやうにも見えない、われわれに近づくやうにも思へない、遠ざかるのだ、恐れ恐れ遠ざかるのだ。
河井醉茗
「霧」所収
1910
十一月の風の宵に
外套の襟を立てて
明石町の河岸を歩いたが
その時の船の唄がまだ忘れられぬ。
同じ冬は来れども
また歌はひびけども
なぜかその夜が忘れられぬ。
木下杢太郎
1910
冬こもり
春さり来れば
鳴かざりし
鳥も来鳴きぬ
咲かざりし
花も咲けれど
山を茂み
入りても取らず
草深み
取りても見ず
秋山の
木の葉を見ては
黄葉をば
取りてぞしのぶ
青きをば
置きてぞ嘆く
そこし恨めし
秋山われは
額田王
「万葉集」所収
759
田舎を逃げた私が
都会よ どうしてお前に敢て安んじよう
詩作を覚えた私が
行為よ どうしてお前に憧れないことがあろう
伊東静雄
「わがひとに与ふる哀歌」所収
1935
要するにどうすればいいか、といふ問いは、
折角たどった思索の道を初にかへす。
要するにどうでもいいのか。
否、否、無限大に否。
待つがいい、さうして第一の力を以て、
そんな問に急ぐお前の弱さを滅ぼすがいい。
予約された結果を思ふのは卑しい。
正しい原因に生きる事、
それのみが浄い。
お前の心を更にゆすぶり返す為には、
もう一度頭を高くあげて、
この寝静まった暗い駒込台の真上に光る
あの大きな、まっかな星を見るがいい。
火星が出てゐる。
木枯が皀角子の実をからから鳴らす。
犬がさかって狂奔する。
落葉をふんで
藪をでれば
崖。
火星が出てゐる。
おれは知らない、
人間が何をせねばならないかを。
おれは知らない、
人間が何を得ようとすべきかを。
おれは思ふ、
人間が天然の一片であり得る事を。
おれは感ずる、
人間が無に等しい故に大である事を。
ああ、おれは身ぶるひする、
無に等しい事のたのもしさよ。
無をさえ滅した
必然の瀰漫よ。
火星が出てゐる。
天がうしろに廻転する。
無数の遠い世界が登って来る。
おれはもう昔の詩人のやうに、
天使のまたたきをその中に見ない。
おれはただ聞く、
深いエエテルの波のやうなものを。
さうしてただ、
世界が止め度なく美しい。
見知らぬものだらけな不気味な美が
ひしひしとおれに迫る。
火星が出てゐる。
高村光太郎
「火星が出てゐる」所収
1956
子供たちよ。
これはゆずり葉の木です。
このゆずり葉は
新しい葉が出来ると
入り変わってふるい葉が落ちてしまうのです。
こんなに厚い葉
こんなに大きい葉でも
新しい葉が出来ると無造作に落ちる
新しい葉にいのちをゆずってーー。
子供たちよ。
お前たちは何をほしがらないでも
すべてのものがお前たちにゆずられるのです。
太陽のめぐるかぎり
ゆずられるものは絶えません。
かがやける大都会も
そっくりお前たちがゆずり受けるのです。
読みきれないほどの書物も
みんなお前たちの手に受け取るのです。
幸福なる子供たちよ
お前たちの手はまだ小さいけれどーー。
世のお父さん、お母さんたちは
何一つ持ってゆかない。
みんなお前たちにゆずってゆくために
いのちあるもの、よいもの、美しいものを、
一生懸命に造っています。
今、お前たちは気が付かないけれど
ひとりでにいのちは延びる。
鳥のようにうたい、花のように笑っている間に
気が付いてきます。
そしたら子供たちよ。
もう一度ゆずり葉の木の下に立って
ゆずり葉を見る時が来るでしょう。
河合酔茗
「花鎮抄」所収
1946