暖い靜かな夕方の空を
百羽ばかりの雁が
一列になつて飛んで行く
天も地も動か無い靜かな景色の中を、不思議に默つて
同じ樣に一つ一つセツセと羽を動かして
黒い列をつくつて
靜かに音も立てずに横切つてゆく
側へ行つたら翅の音が騷がしいのだらう
息切れがして疲れて居るのもあるのだらう。
だが地上にはそれは聞えない
彼等は皆んなが默つて、心でいたはり合ひ助け合つて飛んでゆく。
前のものが後になり、後ろの者が前になり
心が心を助けて、セツセセツセと
勇ましく飛んで行く。
その中には親子もあらう、兄弟姉妹も友人もあるにちがひない
この空氣も柔いで靜かな風のない夕方の空を選んで、
一團になつて飛んで行く
暖い一團の心よ。
天も地も動かない靜かさの中を汝許りが動いてゆく
默つてすてきな早さで
見て居る内に通り過ぎてしまふ
千家元麿
「自分は見た」所収
1918