月の痛み

月が痛む、光を失うた月の亡骸は赤銅色をして気絶した。

滅びてしまうやうでもあり、生きかへるようでもあり、萎えはてた月の面は苦痛にあへぎ、絶望にうめく。

夜の力はゆるんでいく。

鳥は塒から落ち、人は地に躓く、葉は黒い息を吐き大地は静かに沈んでゆく。

まだ月が痛む。

たよりない色よ、心細い姿よ、生きる勢ひはまるで失せた地平に落ちるやうにも見えない、われわれに近づくやうにも思へない、遠ざかるのだ、恐れ恐れ遠ざかるのだ。

 

河井醉茗

「霧」所収

1910

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