Category archives: 1900 ─ 1909

月光日光

月光の

    語るらく

わが見しは一の姫

  古あをき笛吹いて

  夜も深く塔の

  階級に白々と

    立ちにけり

 

日光の

    語るらく

わが見しは二の姫

  香木の髄香る

  槽桁や白乳に

  浴みして降りかゝる

  花姿天人の

  喜悦に地どよみ

    虹たちぬ

 

月光の

    語るらく

わが見しは一の姫

  一葉舟湖にうけて

霧の下まよひては

  髪かたちなやましく

    乱れけり

 

日光の

    語るらく

わが見しは二の姫

  顔映る円柱

  驕り鳥尾を触れて

  風起り波怒る

  霞立つ空殿を

  七尺の裾曳いて

  黄金の跡印けぬ

 

月光の

    語るらく

わが見しは一の姫

  死の島の岩陰に

  青白くころび伏し

  花もなくむくろのみ

    冷えにけり

 

日光の

    語るらく

わが見しは二の姫

  城近く草ふみて

  妻覓ぐと来し王子は

  太刀取の耻見じと

  火を散らす駿足に

  かきのせて直走に

  国領を去りし時

  春風は微吹きぬ

 

伊良子清白

孔雀舟」所収

1905

菱の實採るは誰が子ぞや

菱の實とるは誰が子ぞや

くろかみ風にみだれたる

 

菱の實とるは誰が子ぞや

ひとり浮びて古池に

 

鄙歌のふしおもしろく

君なほざりにうたふめり

 

聲夢ごこちほそきとき

ききまどふこそをかしけれ

 

かごはみてりや秋深く

實はさばかりにおほからじ

 

菱の葉のみは朽つれども

げに菱の實はおほからじ

 

かごはみたずや光なき

日は暮れてゆく短さよ

 

なほなげかじなうらわかみ

なさけにもゆる君ならば

 

君や菱賣る影清く

はしる市路のゆふまぐれ

 

そのすがたをば憐みて

ああなど誰かつらからむ

 

君がゑまひの花かげに

ふれなばおちむ實こそあれ

 

うるはしとおもふ實のひとつ

いつかこの身にこぼれけむ

 

旅ゆき迷ふわづらひも

しばしぞ今は忘らるる

 

あやしむなかれわれはただ

なさけのかげを慕ふのみ

 

さながらわれは若櫨の

枝に來て鳴く小鳥のみ

 

蒲原有明

草わかば」所収

1902

望郷の歌

わが故郷は、日の光蟬の小河にうはぬるみ、

在木の枝に色鳥の咏め聲する日ながさを、

物詣する都女の歩みものうき彼岸會や、

桂をとめは河しもに梁誇りする鮎汲みて、

小網の雫に淸酒の香をか嗅ぐらむ春日なか、

櫂の音ゆるに漕ぎかへる山櫻會の若人が、

瑞木のかげの戀語り、壬生狂言の歌舞伎子が

技の手振の戲ばみに、笑み廣広ごりて興じ合ふ

かなたへ、君といざかへらまし。

 

わが故郷は、楠樹の若葉仄かに香ににほひ、

葉びろ柏は手だゆげに、風に搖ゆる初夏を、

葉洩りの日かげ散斑なる糺の杜の下路に、

葵かづらの冠して、近衞使の神まつり、

塗の轅の牛車、ゆるかにすべる御生の日

また水無月の祇園會や、日ぞ照り白む山鉾の

車きしめく廣小路、祭物見の人ごみに、

比枝の法師も、花賣も、打ち交りつつ頽れゆく

かなたへ、君といざかへらまし。

 

わが故郷は、赤楊の黄葉ひるがへる田中路、

稻搗をとめが靜歌に黄なる牛はかへりゆき、

日は今終の目移しを九輪の塔に見はるけて、

靜かに瞑る夕まぐれ、稍散り透きし落葉樹は、

さながら老いし葬式女の、懶げに被衣引延へて、

物歎かしきたたずまひ、樹間に仄めく夕月の

夢見ごこちの流眄や、鐘の響の靑びれに、

札所めぐりの旅人は、すずろ家族や忍ぶらむ

かなたへ、君といざかへらまし。

 

わが故郷は、朝凍の眞葛が原に楓の葉、

そそ走りゆく霜月や、專修念佛の行者らが

都入りする御講凪ぎ、日は午さがり、夕越の

路にまよひし旅心地、物わびしらの涙目して、

下京あたり時雨する、うら寂しげの日短かを、

道の者なる若人は、ものの香朽ちし經藏に、

塵居の御影、古渡りの御經の文字や愛しれて、

夕くれなゐの明らみに、黄金の岸も慕ふらむ

かなたへ、君といざかへらまし。

 

薄田泣菫

白羊宮」所収

1907

暮春

ひりあ、ひすりあ。

しゆツ、しゆツ……

 

なやまし、河岸の日のゆふべ、

日の光。

 

ひりあ、ひすりあ。

しゆツ、しゆツ……

 

眼科の窓の磨硝子、しどろもどろの

白楊の温き吐息にくわとばかり、

ものあたたかに、くるほしく、やはく、まぶしく、

蒸し淀む夕日の光。

黄のほめき。

 

ひりあ、ひすりあ。

しゆツ、しゆツ……

 

なやまし、またも

いづこにか、

なやまし、あはれ、

音も妙に

紅き嘴ある小鳥らのゆるきさへづり。

 

ひりあ、ひすりあ。

しゆツ、しゆツ……

 

はた、大河の饐濁る、河岸のまぢかを

ぎちぎちと病ましげにとろろぎめぐる

灰色黄ばむ小蒸汽の温るく、まぶしく、

またゆるくとろぎ噴く湯気

いま懈ゆく、

また絶えず。

 

ひりあ、ひすりあ。

しゆツ、しゆツ……

 

いま病院の裏庭に、煉瓦のもとに、

白楊のしどろもどろの香のかげに、

窓の硝子に、

まじまじと日向求むる病人は目も悩ましく

見ぞ夢む、暮春の空と、もののねと、

水と、にほひと。

 

ひりあ、ひすりあ。

しゆツ、しゆツ……

 

なやまし、ただにやはらかに、くらく、まぶしく、

また懈ゆく。

 

ひりあ、ひすりあ。

しゆツ、しゆツ……

 

北原白秋

邪宗門」所収

1908

吾胸の底のここには

吾胸の底のここには

言ひがたき秘密住めり

身をあげて活ける牲とは

君ならで誰かしらまし

 

もしやわれ鳥にありせば

君の住む窓に飛びかひ

羽を振りて昼は終日

深き音に鳴かましものを

 

もしやわれ梭にありせば

君が手の白きにひかれ

春の日の長き思を

その糸に織らましものを

 

もしやわれ草にありせば

野辺に萌え君に踏まれて

かつ靡きかつは微笑み

その足に触れましものを

 

わがなげき衾に溢れ

わがうれひ枕を浸す

朝鳥に目さめぬるより

はや床は濡れてただよふ

 

口唇に言葉ありとも

このこころ何か写さん

ただ熱き胸より胸の

琴にこそ伝ふべきなれ

 

島崎藤村

落梅集」所収

1901

荒城の月

春高楼の花の宴

巡る盃かげさして

千代の松が枝わけ出でし

昔の光いまいずこ

 

秋陣営の霜の色

鳴きゆく雁の数見せて

植うる剣に照りそいし

昔の光いまいずこ

 

いま荒城の夜半の月

替らぬ光たがためぞ

垣に残るはただ葛

松に歌うはただ嵐

 

天上影は替らねど

栄枯は移る世の姿

写さんとてか今もなお

嗚呼荒城の夜半の月

 

土井晩翠

1901

君死にたまふことなかれ

─ 旅順口包圍軍の中に在る弟を歎きて ─

 

あゝをとうとよ、君を泣く、

君死にたまふことなかれ、

末に生れし君なれば

親のなさけはまさりしも、

親は刃をにぎらせて

人を殺せとをしへしや、

人を殺して死ねよとて

二十四までをそだてしや。

 

堺の街のあきびとの

舊家をほこるあるじにて

親の名を繼ぐ君なれば、

君死にたまふことなかれ、

旅順の城はほろぶとも、

ほろびずとても、何事ぞ、

君は知らじな、あきびとの

家のおきてに無かりけり。

 

君死にたまふことなかれ、

すめらみことは、戰ひに

おほみづからは出でまさね、

かたみに人の血を流し、

獸の道に死ねよとは、

死ぬるを人のほまれとは、

大みこゝろの深ければ

もとよりいかで思されむ。

 

あゝをとうとよ、戰ひに

君死にたまふことなかれ、

すぎにし秋を父ぎみに

おくれたまへる母ぎみは、

なげきの中に、いたましく

わが子を召され、家を守り、

安しと聞ける大御代も

母のしら髮はまさりぬる。

 

暖簾のかげに伏して泣く

あえかにわかき新妻を、

君わするるや、思へるや、

十月も添はでわかれたる

少女ごころを思ひみよ、

この世ひとりの君ならで

あゝまた誰をたのむべき、

君死にたまふことなかれ。

 

与謝野晶子

晶子詩篇全集」所収

1904

無題

屋根又屋根、眼界のとゞく限りを

すき間もなく埋めた屋根!

円い屋根、高い屋根、おしつぶされたやうな屋根、

おしつぶされつして、或ものは地にしがみつき、

或は空にぬき出ようとしてゐる屋根!

その上に忠実な教師の目のやうに、

秋の光がほかほかと照りわたつてゐる。

 

とらへやうもない、

然し乍ら魂の礎石までゆるがすやうな

あゝ、あの都会のとゞろき……

 

初めてこの都会に来て此景色を眺め

この物音をきいた時、

弱い田舎者の心はおびえた──

広さ、にではない、高さに、ではない、又

其処にいとなまるゝ文明の尊さにでもない、

あのはかりがたい物音の底の底の──

都会の底のふかさに。

 

今また此処に来て此景色を眺め、

そしてこの物音をきいて、

よわく、新らしい都会の帰化人の心はおびえる──

獅子かひが獅子の眠りに見入つた時の心もて、──

あのとらへがたき物音の底の底の──

入れども入れどもはかりがたき都会の底のふかさに。

 

すべての生徒の欲望をひとしなみにみる

忠実なる我が教師よ、

そなたはそなたの欲望と生徒の欲望を

またひとしなみに見るか?

 

花は精液の香をはなちて散り、

人は精力の汗を流して死ぬ。

それらは花と人との欲望のすべてか。

教師よ、そなたの愛は、――

雨とふり日とそゝぐそなたの愛は、

人の………

 

見よ、数へきれぬ煙突!

その下には死なうとする努力と死ぬまいとする欲望と……

あゝあの騒然たる物音! 

人間は住居の上に屋根を作つた。

その上に日が照る。

屋根は人間の最上の智慧 !!

又反抗、又運命である。

そして

その上に日が照る。

 

あゝ、我は帰らうか? はた帰るまいか?

あの屋根! 眼界のとゞく限りを

すき間もなく埋めた屋根の下へ。

 

石川啄木

心の姿の研究」所収

1909

夏の街の恐怖

焼けつくやうな夏の日の下に

おびえてぎらつく軌条の心。

母親の居睡りの膝から辷り下りて

肥つた三歳ばかりの男の児が

ちよこちよこと電車線路へ歩いて行く。

 

八百屋の店には萎えた野菜。

病院の窓の窓掛は垂れて動かず。

閉された幼堆園の鉄の門の下には

耳の長い白犬が寝そべり、

すべて、限りもない明るさの中に

どこともなく、芥子の花が死落ち

生木の棺に裂罅の入る夏の空気のなやましさ。

 

病身の氷屋の女房が岡持を持ち、

骨折れた蝙蝠傘をさしかけて門を出れば、

横町の下宿から出て進み来る、

夏の恐怖に物も言はぬ脚気患者の葬りの列。

それを見て辻の巡査は出かゝつた欠伸噛みしめ、

白犬は思ふさまのびをして

塵溜の蔭に行く。

 

焼けつくやうな夏の日の下に

おびえてぎらつく軌条の心。

母親の居睡りの膝から辷り下りて

肥つた三歳ばかりの男の児が

ちよこちよこと電車線路へ歩いて行く

 

石川啄木

心の姿の研究」所収

1909

Über den Bergen

Über den Bergen weit zu wandern

Sagen die Leute, wohnt das Glück.

Ach, und ich ging im Schwarme der andern,

kam mit verweinten Augen zurück.

Über den Bergen weti weti drüben,

Sagen die Leute, wohnt das Glück.

 

Karl Busse

 

 

山のあなたの空遠く

」住むと人のいふ。

、われひとゝめゆきて、

涙さしぐみ、かへりきぬ。

山のあなたになほ遠く

」住むと人のいふ。

 

上田敏

海潮音」所収

1905