暮春

ひりあ、ひすりあ。

しゆツ、しゆツ……

 

なやまし、河岸の日のゆふべ、

日の光。

 

ひりあ、ひすりあ。

しゆツ、しゆツ……

 

眼科の窓の磨硝子、しどろもどろの

白楊の温き吐息にくわとばかり、

ものあたたかに、くるほしく、やはく、まぶしく、

蒸し淀む夕日の光。

黄のほめき。

 

ひりあ、ひすりあ。

しゆツ、しゆツ……

 

なやまし、またも

いづこにか、

なやまし、あはれ、

音も妙に

紅き嘴ある小鳥らのゆるきさへづり。

 

ひりあ、ひすりあ。

しゆツ、しゆツ……

 

はた、大河の饐濁る、河岸のまぢかを

ぎちぎちと病ましげにとろろぎめぐる

灰色黄ばむ小蒸汽の温るく、まぶしく、

またゆるくとろぎ噴く湯気

いま懈ゆく、

また絶えず。

 

ひりあ、ひすりあ。

しゆツ、しゆツ……

 

いま病院の裏庭に、煉瓦のもとに、

白楊のしどろもどろの香のかげに、

窓の硝子に、

まじまじと日向求むる病人は目も悩ましく

見ぞ夢む、暮春の空と、もののねと、

水と、にほひと。

 

ひりあ、ひすりあ。

しゆツ、しゆツ……

 

なやまし、ただにやはらかに、くらく、まぶしく、

また懈ゆく。

 

ひりあ、ひすりあ。

しゆツ、しゆツ……

 

北原白秋

邪宗門」所収

1908

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください