Category archives: 1970 ― 1979

ぼんぼりのかげに
少女たちのうぶ毛が光り
深くうるおってきた瞳が光り
少女たちは眠って めざめて
──旅がひとつ終わる

近づいてくる変身の予感に
かすかにおののきながら
ふるい雛たちに なつかしく
謎めいた微笑みを投げ
さよならを言う と

とびたつとき
うすべにいろの花びらが匂う
少女たちは眠って めざめて
──旅がひとつはじまる

吉原幸子
「魚たち・犬たち・少女たち」所収
1975

誰が駒鳥を殺したか

ある日、一羽の
駒鳥が殺された。

誰が殺した、
駒鳥を?

「ぼくじゃない」雀はいった。
「殺したやつだ、
殺されたやつを殺したのは」

では、誰がみた、
駒鳥が殺されるのを?

「ぼくじゃない」蝉はいった。
「殺したやつだ、
誰もみてない殺しをみたのは」

では、誰がみつけた、
殺された駒鳥を?

「ぼくじゃない」魚はいった。
「殺したやつだ、
まっさきに殺された駒鳥をみたのは」

では、誰が希った、
駒鳥が殺されるのを?

「ぼくじゃない」甲虫がいった。
「殺したやつだ、
殺されたやつの死を希ったのは」

では、誰が掘った、
殺された駒鳥の墓穴を?

「ぼくじゃない」梟はいった。
「殺したやつだ、
墓穴の正しい大きさを知っていたのは」

では、誰が説教した、
殺された駒鳥に?

「ぼくじゃない」烏はいった。
「殺したやつだ、
殺されたやつに観念しろといったのは」

では、誰が祈った、
殺された駒鳥のために?

「ぼくじゃない」雲雀はいった。
「殺したやつだ、
殺されたやつの完璧な死を祈ったのは」

では、誰が悲しんだ、
駒鳥の死を?

「ぼくじゃない」紅雀はいった。
「殺したやつだ、
殺したらもう殺せないと悲しんだのは」

では、誰が用意した、
殺された駒鳥のためのその棺を?

「ぼくじゃない」鳩はいった。
「殺したやつだ、
殺されたやつにぴったりの棺を用意したのは」

では、誰が参列した、
殺された駒鳥の葬儀に?

「ぼくじゃない」鳶はいった。
「殺したやつだ、
予め葬儀の日どりを知っていたのは」

では、誰が覆った、
駒鳥の棺を白布で?

「ぼくじゃない」みそさざいがいった。
「殺したやつだ、
事実を白々しく覆いかくしたのは」

では、誰が歌った、
駒鳥のために弔いうたを?

「ぼくじゃない」鶫はいった。
「殺したやつだ、
葬送行進曲の好きなのは」

では、誰が鳴らした、
駒鳥のための弔鐘を?

「ぼくじゃない」牛がいった。
「殺したやつだ、
鐘つきながら息ついているんだ」

では、ここにいる誰でもなかった、
殺された駒鳥を殺したやつは。

それでおしまい。
問われたものは、殺さなかった。
問うものは、問われなかった。
殺されたものは、忘れさられた。

なんとありふれた殺し、
なんとありふれた裁き、
なんとありふれた日々、
ぼくたちの。

告示
殺されたものは
殺したものによって殺されたが
殺したものがいないのであれば
殺されたものもまたいないであろう
きみが殺されるまで

長田弘
言葉殺人事件」所収
1977

月見草

僕は
叫んでしまいました

夢で 追いかけられたときは
浅葱色のクッションが 蹲らせてくれたけれど
それが かくれてしまったから

鈴蘭のにおいの立ちこめている 場所で
山鳩の魂は 遊んでいるでしょう

藤棚に
山鳩の羽は 紛れこんでいるけれど
硝子窓に つめをとぎにやってくるのは
山鳩をつかんで
飛び上がっていった脚?

いつ
月見草は
飛び上がろうとしてみましたか?

電燈をつけ忘れられた暗闇で
新聞紙の
飛行機を折っていたときに

僕は
叫んでしまいました

吉行理恵
吉行理恵詩集」所収
1970

うた




さく
さくさくさく
さくさくら
さくらさくら
くらいそらから
ひらくはなびら
めくらのそらから
くらいさくら
裂けるさくら
くらくら
めくるめく
めくれるそらから
からくれなゐの
くれるそらから
さら
さらさら
さらさのくもの
もえるもえぎの
もだえるももいろの
いろこのなみの
くもの藻のもつれの
ながれ
あふれ
みだれるみづの
みえぬひとみの
なみだつなみだの
なぎさのはなの
はなびらいかだの
ながれるそらから
はてなくはなれ
はらはらはらはら
はるかなそらから
裂けちるさくら
ちる血のさくら
ちらちら
まひちる
まぼろしの
そらから

那珂太郎
はかた」所収
1975

非力

みんなが傷口をもってゐる
<炎える母>を読みかへして
はじめて泣いた

他人にも傷がある そのことで
救はれるときが たしかにある

でも
わたしの傷が 誰を救ふだらうか

蝶から空を
空から蝶を
奪った

鱗粉があたりに散ってゐる
くもは 頭を垂れる

いまこそ 大きなやさしさになりたい
傷みごと そのための爪ごと
すべてを包みたい

神の出番だ

吉原幸子
「昼顔」所収
1973

片道切符

私は切符を手にした
春だった
日付けは刻印され
改札はパチンと
心にまで深く穴をあけた
もう戻れない

ホームにベルが鳴りひびく

再び帰れぬと心にきめて
その日 私の十八歳は出発した

杉山平一
ぜぴゅろす」所収
1977

散る

時を待つものもいるだろう
いやいやしながら
その時がくるものもあるだろう
空から断が下る
いきなり魔の時がくるものもあるだろう
花は惜しまれても
その時がくるまえに
潔く散る

高木護
「やさしい電車」所収
1971

ビオラ

ビオラという楽器はバイオリンよりひとまわり大きなからだをして、バイオリンの兄貴分だが、気弱な兄貴のように内気で控えめで遠慮深い。彼は弟のように決して高声で語らないし、また弟のようにソロで語ることもすくない。いつも傍らにあって、励ますように頷いてやり、宥めるようにさりげなく注意してやる。自分を知り自分の性質をわきまえ、ひきたて役で満足している。その声も語りかけもいつも物静かでおだやかだ。彼に耳を傾けながら私はときにじれったいおもいもする。

大木実
夜半の声」所収
1976

悲歌

大空まで
翅をいためた紋白蝶は舞って行くでしょう

妹は
雪柳の下に
立っています
あなたは
走ってくるでしょう

五月雨は
指の先で
雪柳をゆすっています

私は
白い着物で
この窓から
大空を見上げているのです
もう
美しい声で
話さないで下さい

吉行理恵
吉行理恵詩集」所収
1970

ふたたび細い線について

ぼくの夢のなかでは
太陽は
たえず頭上にあって
暗黒の円環をひろげつづける
三十年まえの
夏の日の
正午から
ぼくの不可解な夢
暗黒と太陽の
奇妙な円環運動の夢がつづいている

そして
夢の終末には
きまって垂直の細い線が
円環を分割する
夢からさめると
その細い線は
昭和二十年八月十五日の
正午の
若狭の
小さな禅寺から
稲村ヶ崎五ノ三八ノ一八の
ぼくの家の
小さな庭までつづいていて

ぼくの足は
その細い線を
越えたのか
越えなかったのか

越えなかったのか
越えたのか

田村隆一
死語」所収
1976