ぼんぼりのかげに
少女たちのうぶ毛が光り
深くうるおってきた瞳が光り
少女たちは眠って めざめて
──旅がひとつ終わる
近づいてくる変身の予感に
かすかにおののきながら
ふるい雛たちに なつかしく
謎めいた微笑みを投げ
さよならを言う と
とびたつとき
うすべにいろの花びらが匂う
少女たちは眠って めざめて
──旅がひとつはじまる
吉原幸子
「魚たち・犬たち・少女たち」所収
1975
ぼんぼりのかげに
少女たちのうぶ毛が光り
深くうるおってきた瞳が光り
少女たちは眠って めざめて
──旅がひとつ終わる
近づいてくる変身の予感に
かすかにおののきながら
ふるい雛たちに なつかしく
謎めいた微笑みを投げ
さよならを言う と
とびたつとき
うすべにいろの花びらが匂う
少女たちは眠って めざめて
──旅がひとつはじまる
吉原幸子
「魚たち・犬たち・少女たち」所収
1975
ある日、一羽の
駒鳥が殺された。
誰が殺した、
駒鳥を?
「ぼくじゃない」雀はいった。
「殺したやつだ、
殺されたやつを殺したのは」
では、誰がみた、
駒鳥が殺されるのを?
「ぼくじゃない」蝉はいった。
「殺したやつだ、
誰もみてない殺しをみたのは」
では、誰がみつけた、
殺された駒鳥を?
「ぼくじゃない」魚はいった。
「殺したやつだ、
まっさきに殺された駒鳥をみたのは」
では、誰が希った、
駒鳥が殺されるのを?
「ぼくじゃない」甲虫がいった。
「殺したやつだ、
殺されたやつの死を希ったのは」
では、誰が掘った、
殺された駒鳥の墓穴を?
「ぼくじゃない」梟はいった。
「殺したやつだ、
墓穴の正しい大きさを知っていたのは」
では、誰が説教した、
殺された駒鳥に?
「ぼくじゃない」烏はいった。
「殺したやつだ、
殺されたやつに観念しろといったのは」
では、誰が祈った、
殺された駒鳥のために?
「ぼくじゃない」雲雀はいった。
「殺したやつだ、
殺されたやつの完璧な死を祈ったのは」
では、誰が悲しんだ、
駒鳥の死を?
「ぼくじゃない」紅雀はいった。
「殺したやつだ、
殺したらもう殺せないと悲しんだのは」
では、誰が用意した、
殺された駒鳥のためのその棺を?
「ぼくじゃない」鳩はいった。
「殺したやつだ、
殺されたやつにぴったりの棺を用意したのは」
では、誰が参列した、
殺された駒鳥の葬儀に?
「ぼくじゃない」鳶はいった。
「殺したやつだ、
予め葬儀の日どりを知っていたのは」
では、誰が覆った、
駒鳥の棺を白布で?
「ぼくじゃない」みそさざいがいった。
「殺したやつだ、
事実を白々しく覆いかくしたのは」
では、誰が歌った、
駒鳥のために弔いうたを?
「ぼくじゃない」鶫はいった。
「殺したやつだ、
葬送行進曲の好きなのは」
では、誰が鳴らした、
駒鳥のための弔鐘を?
「ぼくじゃない」牛がいった。
「殺したやつだ、
鐘つきながら息ついているんだ」
では、ここにいる誰でもなかった、
殺された駒鳥を殺したやつは。
それでおしまい。
問われたものは、殺さなかった。
問うものは、問われなかった。
殺されたものは、忘れさられた。
なんとありふれた殺し、
なんとありふれた裁き、
なんとありふれた日々、
ぼくたちの。
告示
殺されたものは
殺したものによって殺されたが
殺したものがいないのであれば
殺されたものもまたいないであろう
きみが殺されるまで
長田弘
「言葉殺人事件」所収
1977
みんなが傷口をもってゐる
<炎える母>を読みかへして
はじめて泣いた
他人にも傷がある そのことで
救はれるときが たしかにある
でも
わたしの傷が 誰を救ふだらうか
蝶から空を
空から蝶を
奪った
鱗粉があたりに散ってゐる
くもは 頭を垂れる
いまこそ 大きなやさしさになりたい
傷みごと そのための爪ごと
すべてを包みたい
神の出番だ
吉原幸子
「昼顔」所収
1973
時を待つものもいるだろう
いやいやしながら
その時がくるものもあるだろう
空から断が下る
いきなり魔の時がくるものもあるだろう
花は惜しまれても
その時がくるまえに
潔く散る
高木護
「やさしい電車」所収
1971
ぼくの夢のなかでは
太陽は
たえず頭上にあって
暗黒の円環をひろげつづける
三十年まえの
夏の日の
正午から
ぼくの不可解な夢
暗黒と太陽の
奇妙な円環運動の夢がつづいている
そして
夢の終末には
きまって垂直の細い線が
円環を分割する
夢からさめると
その細い線は
昭和二十年八月十五日の
正午の
若狭の
小さな禅寺から
稲村ヶ崎五ノ三八ノ一八の
ぼくの家の
小さな庭までつづいていて
ぼくの足は
その細い線を
越えたのか
越えなかったのか
越えなかったのか
越えたのか
田村隆一
「死語」所収
1976