Category archives: 今を生きる 現代詩の世界

負債の証券化について

(日本経済新聞連載「経済教室」より③)

 

80年代に入って急速に普及した負債の証券化

所謂「セキュリタイゼイション」は

それまで閉ざされていた債権者⇔債務者の関係を

本来の負債とは無縁の投資家へと解放することにより

全く新しい巨大金融市場を創出した

斯くしてアルゼンチンの首都に群がる失業者たちの未来は

先進諸国の銀行団(syndicate)の手を離れ

シアトル郊外で美しい朝露を光らせる芝生の行方は

日本の個人投資家たちの見定めるところとなった

だが如何に幅広く分散しようと

本来の負債に内在するリスクが消失する訳ではない

国家財政に巨額の損失を与えたS&L危機の問題を持ち出すまでもなく

投資に際してはこの点に充分留意する必要があろう

たとえば路上にたたずむ娼婦の胸に故知らず湧き上がる厭な予感

その感覚は証券化により流通可能に標準化され

全世界の都市から農村へと忽ちにして伝播される

その波から逃れることは水牛の背に止まる小鳥にも不可能なので

オプションあるいはスワップ等のヘッジング取引を介して

速やかに青空へ飛び去ることが望ましい

 

四元康祐

笑うバグ」所収

1991

ボール 2

ゆきちゃんが

てんこうして

ゆきちゃんのすがたが

みえなくなったら

ますますゆきちゃんのことが

どんどんすきになって

ゆきちゃんは

てんこうしていったけど

ひょっとしたら

まだ ゆきちゃんは

いえにいるかもしれないと

おもったから

がっこうのかえりに

ぼくは

ゆきちゃんのいえにむかって

どんどんはしっていって

ゆきちゃんのおおきないえに

いきはーはーついたけど

ゆきちゃんのいえには

だれもいなくて

ひろいにわをのぞいたら

いぬごやのまえに

ぼくのたいせつな

まついのサインボールが

ころがっていた。

 

ねじめ正一

あーちゃん」所収

2006

ボール 1

ゆきちゃんのことが

こんなにすきなのに

ゆきちゃんは

てんこうしてきたばかりなのに

おとうさんのしごとで

ゆきちゃん

またてんこうしていくから

ぼくはげたばこのところで

ゆきちゃんを

どきどき まっていて

ぼくのいちばんたいせつな

まついのサインボールを

どきどき あげたら

ゆきちゃんは

ありがとうと

ランドセルのなかに

いれてくれた。

 

ねじめ正一

あーちゃん」所収

2006

豆をひく男

手動のコーヒーミルで

がりがりとコーヒー豆をひくとき

男はいつも幸福になるのだった

それは男自身が

気がつかぬほどの微量の幸福であり

手ではらえばあとかたもなくなってしまう

こぼれたひきかすのようなものだったが

この感情をどう名づけてよいか

男自身にはわからなかった

長い年月

男は

自分が幸福であるとは

ついに一度もかんがえたことはなかったし

そもそも

不幸とか幸福という言葉は

じぶんがじぶんじしんに対して使う言葉ではなく

常に

他人が使う言葉であると

かんがえてきた

そしてこの朝のささやかな仕事が

自分に与えるささやかなものを

幸福などと呼んだことは一度もなかったし

ましてや

自分をささえる小さな力であることに

気付きようもなかった

 

コーヒーを飲んだあと

男は路上の仕事に出かけるのだ

看板を持ち

一日中、裏道の中央に立ち続ける仕事

看板の種類にはいろいろあって

大人のおもちゃ、極上新製品あり、このウラ

とか

CDショップ新規開店、一千枚大放出

などと書かれている

同じ場所・同じ位置に立ち続けること

それは簡単なようでいて難しい修行だった

生きている人間にはそれができない

彼らは始終、移動している

なぜ、一つの場所にとどまれないのか

なぜ、石のように在ることができないのか

男は板の棒を持って立っていると

いつも自分が棒に持たれているような気持ちになったものだ

「生きている棒」

そう自分につぶやくと

眼の奥が次第にどんよりとしてくるのだった

そんなとき、男はすでに

モノの一部に成り始めているのかもしれない

 

いつか勤務帰りの深夜

男は

駐車場の片隅で

黒い荷物が突然動き出したことに

驚いたことがあった

浮浪者の女だった

そのとき

一瞬でも、人をモノとして感じた自分に

はじめて衝撃を受けたのだったが

いまはその自分が

容赦もなく物自体になりかけている

しかし

きょう、始まりのとき

男はいまだ全体である

一日は

コーヒーを飲まなければ始まらないのだから

だから、こうして豆をひくことは

男の生の「栓」を開けることなのだった

男は

いつからかそんな風に感じている自分に少し驚く

豆をひき、コーヒーをつくる時間など、五分くらいのものだが

その五分が

自分にもたらす、ある働き

その五分に

自分が傾ける、ある激しさ

そして

この作業を

小さな儀式のように愛し

誰にもじゃまされたくないといつからか思った

もっとも、じゃまをする人間など、ひとりもいなかった

男はいつも一人だったのだ

 

がりがりと

最初は重かったてごたえが

やがてあるとき

不意に軽くなる

この軽さは

いつも突然もたらされる軽さである

 

 まるで死のように

 死のように

 

そのとき、ハンドルは

からからと

骨のように空疎な音をたてて空回りする

ようやく豆がひけたのだ

 

着手と過程と完成のある

この朝の仕事

きょうも重く始まった男のこころが

コーヒー豆をがりがりとひくとき

こなごなになり

なにかが終る

きょうが始まる

容赦のない日常がどっとなだれこむ

コーヒー豆はひけた

そして男は

「豆がひけた」と

口に出してつぶやく

 

小池昌代

雨男、山男、豆をひく男」所収

2001

深い青色についての箱崎

深い青色をした花ほど、箱崎一郎の心を捕らえるものはなかった

 

ある日のこと

駅前で友人を待っているときに

ふと目が近くの花壇にいったのだ

そこに偶然

小さな青い花が群生していた

自分の視線が

掃除機にかけられたようにそこへ吸い込まれ

箱崎はなにごとが起こったのかわからなかった

 

青は

箱崎の粘膜を突き破り

氾濫した川のように箱崎の内へ及ぶ

言葉という言葉はことごとく溺死した

深い沈黙ののちに釣り上げられたのは

小魚のような感嘆符だけだった

 

ああ、

なんと深い青、

と箱崎はおもった

 

声をあげて泣いてしまいたいほどの

するどい悲しみに襲われたのはそのときである

悲しむ理由などひとつもなかったし

こんな駅前で

突然泣くわけにはいかないと

箱崎はぐっとこらえたものの

自分がいま

生まれたばかりの赤ん坊になったような気持ちがした

 

この世に出てきて初めて見た青い花

 

それは一瞬の

衝動とも言える感情のうごきであり

パッションというものからほど遠い箱崎が

そのときほど自分におどろいたことはない

 

たかが色

たかが青色

 

しかし箱崎は取り乱していた

心臓が

しめつけられ

花のなかへすぐさま飛び込んでしまいたいと思った

それはまったく

花との恋愛、そのものだった

 

「箱崎、待たせたな」

そう言って肩をたたいた、あとからやってきた友人によれば

箱崎はそのとき

どことなくゆがんだ顔をしていて

青い花がどうのこうの言っていたらしい

それは実際のところ

物凄く頼りない

赤ん坊のようなふるまいであったということだ

 

後日談──

 

① その後の箱崎についてはなにも知らない。

② アジア人は、新生児のとき、尻付近に蒙古斑が現れる。水彩絵具を水で梳いたような、極めて薄い青のしるし。身体のうちに、我々は、そもそも、青を持っている。

 足の付け根のリンパ腺のところに、子供のころの私は、アーモンド型の蒙古斑を持っていた。風呂場では、自分のそれと、妹のそれとを見比べたものだ。かたちも色も、妹の蒙古斑は、自分のとは少し違っていた。いまでは、身体のどこにも、見あたらないが、いつ、どこでどんなふうに消えていってしまったのか。

 

③ ある日私は、庭の青い昼顔をねっしんにのぞきこみながら、ふと、自分が、人間のまたぐらをのぞきこんでいるような気がした。植物のいのちはスクリューのように回転しながら、見るもののいのちの深部に触れてくる。

 私もまた、箱崎のように、青い昼顔に夢中になった。この西洋昼顔は、芯にあたたかな黄色を持っている。そしてそのまわりには、あの悲しいほどの青色が幽玄とひろがり、じっと見ていると私もまた、昼顔のなかへ飛び込んでしまいたいと思いつめた。花のなかへの投身自殺、青への思慕、それは、昔から、たくさんの若者たちをして旅へと赴かせた感情の原形ではなかったか。

 

④ 男の子は青、女の子は桃色、学校では先生がそのように言う。振り分けられるっていやな気分。裁縫箱も、お習字の道具も、見渡せばみんながそんなふう。でも私はピンクが好きじゃない。そう思ったとたん、心が決まる。気がつけば、クラスの女の子のなかで、私の裁縫箱だけがブルーだった。

 青─おまえは女の子であった私の、いっとう始めのささやかな抵抗の色であり、自由というものの匂いを暗示した、誠に気高い色だった。

⑤ 私は箱崎ではないだろうか。箱崎は私ではないだろうか。私たちは青に恋をする人間。

 昨日出会った短歌を詠む少年は、玉の汗を鼻頭にかき、和泉式部について語った。

「物思へば沢の蛍もわが身よりあくがれいづる魂かとぞ見る」

しろめの部分が、薄く青みがかった少年だった。

 

小池昌代

雨男、山男、豆をひく男」所収

2001

蟲魔法

肉の煙がする、その中途で膨張する雨戸の霊

こんなにも絶望的な恋人の長い腕を見てる

蝶々の横っ面を思い切り殴ったお前の銀色の

    指から消えない手紙の一行目が見える

(もう戻れない)暗黒が横顔に住んでいる街

で、こう考える(イヤホンから流れる激痛)

テニスコートの左耳が切り刻む宇宙空間で

俺たちは透明になって瞑想している

椅子の上で逆立ちして叫ぶ十匹の魚、

あの瞼の切れ目は蛙だけが死にゆく世界の傷

口だってことを俺はいつからか忘れている

戦闘機が降る丘、

あの星とあの闇の間に潜む眠りの体液

細い道がいくつも連なる小石の嗄れ声の世界

致命傷を負った概念が集まるコンク

リートの内側、みんな動き出す(さて、)

自己と自己の間に曲がる獅子の宙返りを見た

ことがある奴はどれぐらい居るンだよ?

 

ポエジーの息がする

白く燻る俺の地獄の一角が泳いでいる、

お前の喘ぐその街の声だけに耳を傾け、

憎悪だけが鹿の周りを飛び跳ねてンだ

(いい気味だ)

そして写真は浮遊する

鳥を纏うビル街に乱立するお前の白い歯、

青い階段の真下で夕暮れに溶けていくのは

巨人が羅列した醜悪な数字だけだ、畜生

 

瞬きの合間に、爆発する花火の無声

赤と黄色の感情があるその両膝の上には、

昨夜俺が取り逃した猫の命が混じっている

(ああ、あんなに笑いやがる)

白いギターチューンが巻き付く、右腕に滴る

鷗の血に自転車の過去が見えた瞬間に、

包丁が高く高く飛んでいく

その時に巻き戻すことが出来る、

その空想には蟻が這っている

(俺から色素を取り除いてくれ

薄暗い泥に埋没した憧憬を踏み抜いてくれ)

いつだって後ろの正面には

見たこともない蒸気が柔らかく崩落している

ア、肩口に銀色の機関銃をねじ込まれる

気道から漏れ出す俺の哲学は、

白い羊皮紙となってナイル川のイメージの四

次元になる(そしてお前らはゐなくなる)

 

全て燃え落ちる屑鉄の無慈悲な白装束

カッターナイフは川に流れる直線の数々

に、なって、点と線、突き割る

聖人の耳に差し込んだ髑髏、

残月の匂いに巻かれた岬で自殺する雁の群れ

(詩人が殺されるのはこの後の国道13号線、

風流な濁点の行列)

ああ、もう段々に冷凍されていく空中庭園、

またはメトロノーム(消えそうな爪の痕

       火薬に滲むあの霧だ)

俺の虹色ならば悪い夢を見た直後に

烏にくれてやッたぞ 畜生

三分間が空中で硬直している

三歳児の群集が山を取り囲んで鳴っている

ロックンロールの鼻から吹き出す血まみれの

鉛筆の邪念が神の胃袋を食い破る

ああ(無垢な幻覚、その真下に)凪

狂った水牛の人類への侮蔑

脳天に突き刺さった屍の間に、

あらゆる比喩の刀が折れた音を聞いたならば

遠すぎる夜更けの、

白くなる空砲の隣に並んで、

君が見ていた景色の一部を持って帰ろう

 

落下していくあのビニール傘

あれらは全部俺が取り違えたものだ

青に染まる螺旋、その音楽が地平線

          に絡まったら、行こうか

(呪われない踏切まで

あと何センチメートルもない)

(呪われた乗客が隣にいるからだ)

(むしろ馨しい憎悪、

夥しい震えとなって接吻しよう!)

点線と点線が白濁するにはまだ早い

雲の切れ間に見える巨大な大群、朝は、

あそこの向こう側でせせら笑う死神の集合、

でしかない  哄笑する爬虫類の渦が見える

    走っていく生臭い激情の平原が見える

ははは、どうやら俺たちの前歯は、

悪魔の月光が映る赤煉瓦でしかなかった!

逆袈裟の稲妻が降る朝に就寝!

さらば小石、さらば地獄!

業火を侍らせる俺の天空!

念仏が気化する温度の中心で語れ!

 

気怠い光線、

 

しばらくの、魔笛

 

和合大地

現代詩手帖2015年8月号掲載

2015

波かぞえ

砂浜に坐って波を数えた

まぶしい光の子供たちがたくさん

海の上で手をつないで踊っている

真夏だった

 

シャラシャラシャラと寄せて返す波を

いくつもいくつも数えた

 

夜になっても数えつづけた

月が出て 星がたくさん出てきて

やがて日が昇った

 

二十万まで数えた時、月が欠けた

四十万まで数えた時、月が満ちた

 

三億を超えたところで眠くなった

目が覚めたら、何千年かが過ぎて

ぼくは石になっていた

そこは今は海の中で

波の音は聞こえない

光の子供はずっと上の方で踊っている

 

ぼくは今度は何も数えず

また眠った

 

池澤夏樹

この世界のぜんぶ」所収

2001

今わたしはなにかを忘れてゆく

なにを考えていたのだろう

今わたしはなにかを忘れてゆく

そして忘れてゆくことも忘れてゆくだろう

四月二十七日午後五時五十一分

液晶は 時刻のこわれやすさ

そこに一分とどまり

わずかに無へと滲んでゆくもの

目をあげれば光は

より薄いままに四囲をあかるく満ちている

建物の稜線はふくらみ

電線に曇り空の量感はまし 雪をさえ思わせる

 

わたしはみているのだろうか

それともみえない というかなしみなのか

みたい というよろこびか

空にむかいときおり不思議な穴のようになる視野

かすかに藻のようにうごく

こころのうごめきの感触だけがわかる

なにを考えていたのだろう

言葉はなにも思わないうつろないきものとして

また色づかないまま沈んでゆく

いおう としていたのか

いいえない とあきらめてゆくのか

水のように点りはじめた外灯

それらがなににともなくあるために いきづく空のパールグレー

 

気がつけば

より青みをました空気に

白くこまかなものがただよっている

雪でもなく 灰でもなく 残像の淡さで

記憶がかすかに藻のようにうごく

鳥が電線から旅だったのか

わたしは鳥をみていたのだろうか

それはどんなふうに飛びたち

一瞬空を不思議な色にして また翳らせたか

光をなくしたガラスに樹木の影はすでに夜のようにほどかれている

曇り空 電線 トランス 繁り葉

ふれたこともないそうした端から

光のニュアンスは変わっている

わたしはなにかを忘れたことに気づく

忘れたことも忘れてゆくことに

鳥の羽毛だと思う

飛ぶことにかかわったなにかであると思う

そのように思わせるなにかが

空にのこされている

立ち騒いだあとの空白が わたしにのこされている

手にとろうとすれば

ただようものは風圧でふいとそれてゆく

ひとつひとつに思いがけない意志があるのか

わたしはいくどもそれをくりかえす

忘れたことも忘れてゆきながら そしてそのことに気づきながら

みえないひとの襟をなおすように指をのべてゆく

なにを考えていたのだろう

鳥について?

光と影について?

なぜ意味もなく携帯をみてしまったかについて?

わたしのものでありすぎてやわらかでくずれやすいもの

鳩のくぐもる声でかんがえていたこと

(I feel so good, It’s automatic) *

コンビニの隙間から歌声がきこえる

藻のように揺れる美しいサビの部分は

なにもかもオートマチックだといっている気がする

きこえるたびに なにかを忘れてゆく

そして忘れてゆくことも 忘れてゆく

信号の青は青よりもあおく

梔子の白は白よりもしろく

曇り空のパールグレーは水のように光る外灯あたりをうずまき

不動の世界は

色と質感をオートマチックに深めてゆく

鳥の声はきこえない

デモ言葉ヲ失ッタ瞬間ガ一番幸セ、

輝きだしたコンビニはセイレーンのように歌いつづけている

飛び去ったものはあの歌声のなかに消えたのかもしれない

 

羽毛は仄光り 空気は昏くなる

空はなにかがいなくなったブルーグレーの画面

そこにうっすら忘却の軌跡があり

去ったものの匂いがのこっている

いくばくかまえの胸のやわらかさと鼓動のはやさ

思いだしもしないのに忘れることのないものの消滅

また曇り空はのこされて

時間はかすかにこわれ

電線とトランスと繁り葉とともに世界は濃くなっている

夜ではなく

忘れてゆくことも忘れてゆくことの果て を想う

 

* 宇多田ヒカル「Automatics」

 

河津聖恵

アリア、この夜の裸体のために」所収

2002

無力の夏

コップは割れて鳥子の喉に流れ込むはずだったアプリコットジュースが床にこぼれてしまう《モウ一度ヤリ直サクチャ》振り向きざま鳥子に手渡そうとしたコップは割れて鳥子の喉に流れ込むはずだったアプリコットジュースが床にこぼれてしまう《モウ一度ヤリ直サクチャ》なみなみと注いだアプリコットジュースの冷たさが硝子越しに指を凍えさせるから振り向きざま鳥子に手渡そうとしたコップは割れて鳥子の喉に流れ込むはずだったアプリコットジュースが床にこぼれてしまう《モウ一度ヤリ直サクチャ》美しく透んだ氷を選んでいくつも入れなみなみと注いだアプリコットジュースの冷たさが硝子越しに指を凍えさせるから振り向きざま鳥子に手渡そうとしたコップは割れて鳥子の喉に流れ込むはずだったアプリコットジュースが床にこぼれてしまう《モウ一度ヤリ直サクチャ》開け放したままの冷蔵庫から漏れる淡いオレンジ色の光を浴びながら美しく透んだ氷を選んでいくつも入れなみなみと注いだアプリコットジュースの冷たさが硝子越しに指を凍えさせるから振り向きざま鳥子に手渡そうとしたコップは割れて鳥子の喉に流れ込むはずだったアプリコットジュースが床にこぼれてしまう《モウ一度・・・・・

 

修復 できない

幾度繰り返しても(いいえ たったいちどだけ)コップが割れて

飛び散る無数の硝子片がマーブルの床に突き刺さる

 

「リピート・プレイをぬけだすには」

遠くから鳥子の声が聞こえる

そう リピート・プレイをぬけだすには わたしはそれが知りたいの

教えて 鳥子

「リピート・プレイをぬけだすには」

アプリコットジュースの洪水に押し流されてゆく鳥子の声がゆらゆら揺れる

「リピート・プレイをぬけだすには すばやく時間を飛び移ること

ターンテーブルはまわり続けているのだから

擦過音を解く針のようにすばやく

絶望が長く引き伸ばされるような落下に耐えて

死んだばかりの魚時間

非ユークリッド幾何学における球面三角形の声時間

それから アフリカ時間」

 

《飛ビ移ル》!

 

アプリコットジュースがわたしの血を滲ませて マーブルの床をゆっくりと流れてゆく 鳥子に手渡そうとしたコップは割れ 飛び散った硝子の破片がわたしの指を傷つけていた 氷のかけらをいくつも入れてからなみなみと注いだアプリコットジュースが 急速に冷えてわたしの指をしびれさせたのだ アプリコットジュースを注ぎ入れたとき 氷たちは触れ合って ピシ、ピシ、と音がしたから わたしはわざとゆっくり長々とジュースの瓶を傾けた 開け放したままの冷蔵庫から淡いオレンジ色の光が漏れてコップの中のアプリコットジュースの中の氷のひとつひとつに影ができるのをぼんやり数えた 冷蔵庫を開けてその瓶を見つけた瞬間 アプリコットジュースに決めたのだった かすかな電気音をたてている冷蔵庫の中にアプリコットジュースが冷やされていることなどすっかり忘れていたのに 床に転がっていた硝子のコップを拾い上げたときは ただ喉が乾いたということばかり思いつめていたのだ
喉が乾いた、と。落雷のように激しく、喉が、乾いた、と・・・・・

 

喉が 乾いたのは 《誰》

 

アプリコットジュースが広がる床に浮島のように光る硝子片を飛び渡って

鳥子が 駆け寄ってくる

素足から流れ出した鳥子の血が アプリコットジュースに混じって

わたしと鳥子のマーブル模様を描いている

 

川口晴美

デルタ」所収

1991

父をひそめて

つま先にタイツをくぐらせる私の前で

母は アラッと声を上げた。

私の足首を引き寄せて、ため息と共に告げる。

「あんたの足の爪、

お父さんにソックリね」

父の足の爪なら覚えている。

年老いた歯にも似たそれは、

立ち尽くめの手仕事を彷彿とさせる。

一日三十人余りの口を覗き込み、

せっせとガーゼを詰めている父。

けれど、この両足を並べてみれば

見慣れた私の爪が顔を出す。

「ホラ、この小指のあたりとか・・・・・。

やっぱり親子ねェ」

感嘆する母に背を向けて

そっとタイツを引き上げる。

タイツは薄いブラウンで、

細かなダイヤの模様が編み込まれている。

 

いつでも切り離してさよならできると信じてきたのに、どこへ体を届けても、私は父を生やし、父のように歩くのだろうか。父の跡を地面に残しては、こっそりとうずくまったのか。湧き出す水のようには、生まれることができなかった。どこからともなく流れてきた、混じり気のない私そのものとして目覚めたい。歩んでいきたい。けれど、水を見つめる私の前につま先がある。紛れもないこの足で、砂利を踏み分けてきたから。

 

この足が、父と私の

何を結びつけるのだろう。

問いかけたい気持ちを背後に追いやり、

背中のジッパーを撫ぜる。

黒いワンピースが

この身をひとつに束ね上げ、

めくれた裾は父の足を投げ出している。

入念に乱れを整えれば、

膝頭は身をすくませて

布の陰に隠れていった。

 

すんなりと父をひそめて、

私は街へ出かけゆく。

新しい水脈を追って

駆けていく。

 

文月悠光

屋根よりも深々と」所収

2013