蟲魔法

肉の煙がする、その中途で膨張する雨戸の霊

こんなにも絶望的な恋人の長い腕を見てる

蝶々の横っ面を思い切り殴ったお前の銀色の

    指から消えない手紙の一行目が見える

(もう戻れない)暗黒が横顔に住んでいる街

で、こう考える(イヤホンから流れる激痛)

テニスコートの左耳が切り刻む宇宙空間で

俺たちは透明になって瞑想している

椅子の上で逆立ちして叫ぶ十匹の魚、

あの瞼の切れ目は蛙だけが死にゆく世界の傷

口だってことを俺はいつからか忘れている

戦闘機が降る丘、

あの星とあの闇の間に潜む眠りの体液

細い道がいくつも連なる小石の嗄れ声の世界

致命傷を負った概念が集まるコンク

リートの内側、みんな動き出す(さて、)

自己と自己の間に曲がる獅子の宙返りを見た

ことがある奴はどれぐらい居るンだよ?

 

ポエジーの息がする

白く燻る俺の地獄の一角が泳いでいる、

お前の喘ぐその街の声だけに耳を傾け、

憎悪だけが鹿の周りを飛び跳ねてンだ

(いい気味だ)

そして写真は浮遊する

鳥を纏うビル街に乱立するお前の白い歯、

青い階段の真下で夕暮れに溶けていくのは

巨人が羅列した醜悪な数字だけだ、畜生

 

瞬きの合間に、爆発する花火の無声

赤と黄色の感情があるその両膝の上には、

昨夜俺が取り逃した猫の命が混じっている

(ああ、あんなに笑いやがる)

白いギターチューンが巻き付く、右腕に滴る

鷗の血に自転車の過去が見えた瞬間に、

包丁が高く高く飛んでいく

その時に巻き戻すことが出来る、

その空想には蟻が這っている

(俺から色素を取り除いてくれ

薄暗い泥に埋没した憧憬を踏み抜いてくれ)

いつだって後ろの正面には

見たこともない蒸気が柔らかく崩落している

ア、肩口に銀色の機関銃をねじ込まれる

気道から漏れ出す俺の哲学は、

白い羊皮紙となってナイル川のイメージの四

次元になる(そしてお前らはゐなくなる)

 

全て燃え落ちる屑鉄の無慈悲な白装束

カッターナイフは川に流れる直線の数々

に、なって、点と線、突き割る

聖人の耳に差し込んだ髑髏、

残月の匂いに巻かれた岬で自殺する雁の群れ

(詩人が殺されるのはこの後の国道13号線、

風流な濁点の行列)

ああ、もう段々に冷凍されていく空中庭園、

またはメトロノーム(消えそうな爪の痕

       火薬に滲むあの霧だ)

俺の虹色ならば悪い夢を見た直後に

烏にくれてやッたぞ 畜生

三分間が空中で硬直している

三歳児の群集が山を取り囲んで鳴っている

ロックンロールの鼻から吹き出す血まみれの

鉛筆の邪念が神の胃袋を食い破る

ああ(無垢な幻覚、その真下に)凪

狂った水牛の人類への侮蔑

脳天に突き刺さった屍の間に、

あらゆる比喩の刀が折れた音を聞いたならば

遠すぎる夜更けの、

白くなる空砲の隣に並んで、

君が見ていた景色の一部を持って帰ろう

 

落下していくあのビニール傘

あれらは全部俺が取り違えたものだ

青に染まる螺旋、その音楽が地平線

          に絡まったら、行こうか

(呪われない踏切まで

あと何センチメートルもない)

(呪われた乗客が隣にいるからだ)

(むしろ馨しい憎悪、

夥しい震えとなって接吻しよう!)

点線と点線が白濁するにはまだ早い

雲の切れ間に見える巨大な大群、朝は、

あそこの向こう側でせせら笑う死神の集合、

でしかない  哄笑する爬虫類の渦が見える

    走っていく生臭い激情の平原が見える

ははは、どうやら俺たちの前歯は、

悪魔の月光が映る赤煉瓦でしかなかった!

逆袈裟の稲妻が降る朝に就寝!

さらば小石、さらば地獄!

業火を侍らせる俺の天空!

念仏が気化する温度の中心で語れ!

 

気怠い光線、

 

しばらくの、魔笛

 

和合大地

現代詩手帖2015年8月号掲載

2015

One comment on “蟲魔法

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