つま先にタイツをくぐらせる私の前で
母は アラッと声を上げた。
私の足首を引き寄せて、ため息と共に告げる。
「あんたの足の爪、
お父さんにソックリね」
父の足の爪なら覚えている。
年老いた歯にも似たそれは、
立ち尽くめの手仕事を彷彿とさせる。
一日三十人余りの口を覗き込み、
せっせとガーゼを詰めている父。
けれど、この両足を並べてみれば
見慣れた私の爪が顔を出す。
「ホラ、この小指のあたりとか・・・・・。
やっぱり親子ねェ」
感嘆する母に背を向けて
そっとタイツを引き上げる。
タイツは薄いブラウンで、
細かなダイヤの模様が編み込まれている。
いつでも切り離してさよならできると信じてきたのに、どこへ体を届けても、私は父を生やし、父のように歩くのだろうか。父の跡を地面に残しては、こっそりとうずくまったのか。湧き出す水のようには、生まれることができなかった。どこからともなく流れてきた、混じり気のない私そのものとして目覚めたい。歩んでいきたい。けれど、水を見つめる私の前につま先がある。紛れもないこの足で、砂利を踏み分けてきたから。
この足が、父と私の
何を結びつけるのだろう。
問いかけたい気持ちを背後に追いやり、
背中のジッパーを撫ぜる。
黒いワンピースが
この身をひとつに束ね上げ、
めくれた裾は父の足を投げ出している。
入念に乱れを整えれば、
膝頭は身をすくませて
布の陰に隠れていった。
すんなりと父をひそめて、
私は街へ出かけゆく。
新しい水脈を追って
駆けていく。
文月悠光
「屋根よりも深々と」所収
2013
「父をひそめて」は文月悠光さんの転載許可をいただいた上で掲載しております。
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公式サイト
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今晩は☺🌃❇
父をひそめて、
水脈を追って 駆けてゆく…。
ぞっとするような美しさ、不思議な気分にさせられる
文、エンデイングですね…❇