Category archives: Chronology

汽車は二度と来ない

わずかばかりの黙りこくった客を

ぬぐい去るように全部乗せて

暗い汽車は出て行った

すでに売店は片づけられ

ツバメの巣さえからっぽの

がらんとした夜のプラットホーム

電燈が消え

駅員ものこらず姿を消した

なぜか私ひとりがそこにいる

乾いた風が吹いてきて

まっくらなホームのほこりが舞いあがる

汽車はもう二度と来ないのだ

いくら待ってもむだなのだ

永久に来ないのだ

それを私は知っている

知っていて立ち去れない

死を知っておく必要があるのだ

死よりもいやな空虚のなかに私は立っている

レールが刃物のように光っている

しかし汽車はもはや来ないのであるから

レールに身を投げて死ぬことはできない

高見順

死の淵より」所収

1964

Advice to a Blue-Bird

 Who can make a delicate adventure

Of walking on the ground?

Who can make grass-blades

Arcades for pertly careless straying?

You alone, who skim against these leaves,

Turning all desire into light whips

Moulded by your deep blue wing-tips,

You who shrill your unconcern

Into the sternly antique sky.

You to whom all things

Hold an equal kiss of touch.

 

Mincing, wanton blue-bird,

Grimace at the hoofs of passing men.

You alone can lose yourself

Within a sky, and rob it of its blue!

 

Maxwell Bodenheim

From “Introducing Irony

1920

新婚旅行

うさを

あけたりしめたりしている

サバ

ふくらはぎ の なめらかな したたかな魚的に白い ふくらみ に

ミスプリント(ジャバと書いてある

何?

ジャワ科 ジャパン科)

のゆかたなど着せて

晴らす障子の うっすラ・イト

お宿のお蒲団 ぬくぬくと 悪気もなく

口をマさぐっては離れ うとう してる

鳩 だまれ

ずっとずっと吸っていたい

就職してるわけでもないのに

朝です、、、と目覚ましに叱られ

避難訓練みいたいなテレビのせわしなく

朝の汁が酸化する

お連れの おんな の かた は

と聞いてくれれば

わたしの妻です

と おんながてら に

かってらに

しとしとやかに

ところが

「その ガイ の 方 は」

と お宿 の おかみ は 尋ねる

「その 外部 の 方 は トーストは

めしあがれますか」  (差別用語を避けているみたいな様子 さすが京都)

納豆 と 言おうとして まちがえたの鴨

それとも時代が変わったの

時代がかわったおんなは みんな偏食視される

たべられますか めしますか めし/あがりますか

おかわり しますか? おかわり ありませんか?

おかわりした おんな かわった おん

この ひと おんな で ね

わたし も おんな で ね

でも わたし たち けっこん してます

けっこん

漢字を間違えて おかみは あわてて洗濯し始める

ぬるぬる と 真っ赤に

選択した 感じ では

なにがなんでも 血痕の疑いを洗い落として

おんな と おんな を

ふうふ(う)と(熱い汁を吹きながら)見なしたくない

たくない

らしい

なにしろ 観光地ですから と

そんな ささなこと を 言い訳にして

 

多和田葉子

傘の死体とわたしの妻」所収

2006

春のゆふべ

汀ににほふ糸桜、

うつる姿のやさしきに、

駒の手綱もゆるみては、

小草をあさる黒かげの、

たてがみかろき春の風。

 

手折りて君か給ひたる、

色香にたへなるこの枝の、

上ふく風に二三ひら、

長きみ袖にちりかゝる、

花の心もなつかしや。

 

雲になりゆく花のかげ、

みかへる君も朧ろにて、

香おくる風の床しくも、

たれの胸より立ち初めし

長き思ひもなびかせて。

 

山川登美子

「新声」第1編第4号 所収

1899

水底の感

水の底、水の底。住まば水の底。深き契り、深く沈めて、

永く住まん、君と我。

黑髪の、長き亂れ。藻屑もつれて、ゆるく漾ふ。夢なら

ぬ夢の命か。暗からぬ暗きあたり。

うれし水底。淸き吾等に、譏り遠く憂ひ透らず。有耶無

耶の心ゆらぎて、愛の影、ほの見ゆ。

 

夏目漱石

寺田寅彦宛の端書より

1904

険悪な天候

かしこい人は、

警報を見知つて

沖に出ない。

戦はずにゐられぬ人達は、

今いろいろなもくろみを胸にたたむ。

 

怖ろしくも心地よいほど残忍性に富んだ白蛇は、

青葉の蔭に休息してゐる。

 

粗末な人間の住み家、

一撃のもとに倒される人間。

 

じめじめした畳にすわり

腕組して向ひあつてゐる男女。

 

道化者の雷は

食後の散歩にやつて来る。

 

こちらの空に柔い雲が

むらむらと起つて

同志を呼びよせる。

 

敵でもこんなことをしてゐるのか……

白雲が黒雲にかはる。

 

……戦がはじまる前

………………………………

夕蝉の声を聞きながら、

地べたに腰をおろして

休んでゐる兵士達――

 

ひきつけられる雲の量が多くなる時、

空はにごつて、

電光は

二人の人影を

鮮かに黒土にうつして

すぐに消える。

 

桜庭芳露

「青森県詩集」所収

1948

丘の白雲

 大空に漂う白雲の一つあり。童、丘にのぼり松の小かげに横たわりて、ひたすらこれをながめいたりしが、そのまま寝入りぬ。夢は楽しかりき。雲、童をのせて限りなき蒼空をかなたこなたに漂う意ののどけさ、童はしみじみうれしく思いぬ。童はいつしか地の上のことを忘れはてたり。めさめし時は秋の日西に傾きて丘の紅葉火のごとくかがやき、松の梢を吹くともなく吹く風の調べは遠き島根に寄せては返す波の音にも似たり。その静けさ。童は再び夢心地せり。童はいつしか雲のことを忘れはてたり。この後、童も憂き事しげき世の人となりつ、さまざまのこと彼を悩ましける。そのおりおり憶い起こして涙催すはかの丘の白雲、かの秋の日の丘なりき。

 

国木田独歩

武蔵野」所収

1898

金魚

金魚のうろこは赤けれども

その目のいろのさびしさ。

さくらの花はさきてほころべども

かくばかり

なげきの淵に身をなげすてたる我の悲しさ。

 

萩原朔太郎

純情小曲集」所収

1925

 

雪の夜

人はのぞみを喪っても生きつづけてゆくのだ。

見えない地図のどこかに

あるひはまた遠い歳月のかなたに

ほの紅い蕾を夢想して

凍てつく風の中に手をさしのべてゐる。

手は泥にまみれ

頭脳はただ忘却の日をつづけてゆくとも

身内を流れるほのかな血のぬくみをたのみ

冬の草のやうに生きてゐるのだ。

 

遠い残雪のやうな希みよ、光ってあれ。

たとへそれが何の光であらうとも

虚無の人をみちびく力とはなるであらう。

同じ地点に異なる星を仰ぐ者の

寂蓼とそして精神の自由のみ

俺が人間であったことを思ひ出させてくれるのだ。

 

     1940年1月28日 蘇州にて

 

田邉利宏

「従軍詩集」所収

1940

疲労

南の風も酸っぱいし

穂麦も青くひかって痛い

それだのに

崖の上には

わざわざ今日の晴天を、

西の山根から出て来たといふ

黒い巨きな立像が

眉間にルビーか何かをはめて

三っつも立って待ってゐる

疲れを知らないあゝいふ風な三人と

せいいっぱいのせりふをやりとりするために

あの雲にでも手をあてて

電気をとってやらうかな

 

宮沢賢治

春と修羅 第三集」所収

1926