かしこい人は、
警報を見知つて
沖に出ない。
戦はずにゐられぬ人達は、
今いろいろなもくろみを胸にたたむ。
怖ろしくも心地よいほど残忍性に富んだ白蛇は、
青葉の蔭に休息してゐる。
粗末な人間の住み家、
一撃のもとに倒される人間。
じめじめした畳にすわり
腕組して向ひあつてゐる男女。
道化者の雷は
食後の散歩にやつて来る。
こちらの空に柔い雲が
むらむらと起つて
同志を呼びよせる。
敵でもこんなことをしてゐるのか……
白雲が黒雲にかはる。
……戦がはじまる前
………………………………
夕蝉の声を聞きながら、
地べたに腰をおろして
休んでゐる兵士達――
ひきつけられる雲の量が多くなる時、
空はにごつて、
電光は
二人の人影を
鮮かに黒土にうつして
すぐに消える。
桜庭芳露
「青森県詩集」所収
1948