雪の夜

人はのぞみを喪っても生きつづけてゆくのだ。

見えない地図のどこかに

あるひはまた遠い歳月のかなたに

ほの紅い蕾を夢想して

凍てつく風の中に手をさしのべてゐる。

手は泥にまみれ

頭脳はただ忘却の日をつづけてゆくとも

身内を流れるほのかな血のぬくみをたのみ

冬の草のやうに生きてゐるのだ。

 

遠い残雪のやうな希みよ、光ってあれ。

たとへそれが何の光であらうとも

虚無の人をみちびく力とはなるであらう。

同じ地点に異なる星を仰ぐ者の

寂蓼とそして精神の自由のみ

俺が人間であったことを思ひ出させてくれるのだ。

 

     1940年1月28日 蘇州にて

 

田邉利宏

「従軍詩集」所収

1940

3 comments on “雪の夜

  1. 従軍詩集…かの時代にあっても其の言葉の力強さよ!
    今の私の胸を打ちます。

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