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美しい日没

そこにお前は立ちつくす
森の上の美しい日没
その異様なしずかさのなかで
お前は思う
もはやもとにかえることはできない
道化たしぐさも
愛想笑いも
もはや何ひとつ役に立たない
虚勢をはることも
たれにそうせよと言われたことでもなかった
笑うべき善意と
卑しい空威張り
あげくの果は
理由もなくひとを傷つけるのだ
お前を信じ お前の腕によりかかるすべてのものを
思うことのすべては言い訳めいて
いたずらに屈辱の念を深める
屈辱 屈辱のみ
自転車にも轢かれず
水たまりにも落ちず
ふたつの手をながながと垂れ
そこにお前は立ちつくす
ああ 生れてはじめて
日没を見るひとのように

黒田三郎
小さなユリと」所収
1960

わたしは月をながめ

わたしは月をながめ
おまえのことを考える
わたしはおまえに逢いたい
月は中ぞらにあんなに光つている
そしてわたしは思い出す
わたしの足の下を掘つてゆくならばおまえの国へ出るということを
わたしの足の下におまえはさかしまになつて歩いている
おまえとわたしとはおなじ月を眺めることができない
雲のない満月も赤い月蝕もひとつも見られない
月の光もおまえとわたしをいつしよに照らすことはようしない
対蹠のくに
なんという遠方だろう
わたしは月をながめ
わたしはおまえに逢いたいのである

中野重治
中野重治詩集」所収
1931

日曜日

貧しい父は
娘をどこへも連れてゆけず
近くの町の公園で
ブランコに乗せ
倦きるとベンチに並んで
リンゴをむいてやった

肩をよせあう
父と娘に
風は冷たく吹いたが
陽ざしはやわらかく
娘の微笑みが 寂しい
父の気持をなぐさめてくれた

きょう
ブランコをゆすり
高みより微笑みかける
幼い娘はどこの子か
ベンチで微笑みかえす
父親らしい若い男は何をするひとか

からだも弱く辛かったあのころの日々
私のかわいいひとり娘
こころ素直に私は感謝する
生きてきた幸せを
きのうのことのようにおもい浮かべる
遠い日の日曜日の午後

大木実
「夜半の声」所収
1976

くりかえしのうた

日本の若い高校生ら
在日朝鮮高校生らに 乱暴狼藉
集団で 陰惨なやりかたで
虚をつかれるとはこのことか
頭にくわっと血がのぼる
手をこまねいて見てたのか
その時 プラットフォームにいた大人たち

父母の世代に解決できなかったことどもは
われらも手をこまねき
孫の世代でくりかえされた 盲目的に

田中正造が白髪ふりみだし
声を限りに呼ばはった足尾鉱毒事件
祖父母ら ちゃらんぽらんに聞き お茶を濁したことどもは
いま拡大再生産されつつある

分別ざかりの大人たち
ゆめ 思うな
われわれの手にあまることどもは
孫子の代が切りひらいてくれるだろうなどと
いま解決できなかったことは くりかえされる
より悪質に より深く 広く
これは厳たる法則のようだ

自分の腹に局部麻酔を打ち
みずから執刀
病める我が盲腸をり剔出した医者もいる
現実に
かかる豪の者もおるぞ

茨木のり子
人名詩集」所収
1971

檸檬

引き絞られた呼び声が
ひかりにとけて
アスファルトに堆積する
枯れていく夏のふるえる手
耳を聾され
汗がにじんで
握りしめたのは
檸檬

  *

おれ、瓶ビール飲んで
鯖の塩焼きと冷奴をつまんで
カウンターのなかの兄さんたちを眺めて
いたところ、ふいに
誰かに呼びとめられたような気がして
だけれども兄さん、水割りつくってるし
並んで座った男たちは無口
みな静かに夏の午後の
束の間の休息を味わっている
そうだ、いい午後だ
なんの心配もしなくていい
思って悠々と
煙草に火をつけた
そしたら

檸檬を握りしめて男
遠くからこっちを見ていた
蓬髪、破れた作務衣
自称陶芸家みたいな
あるいは田舎で十割蕎麦やってます
みたいな感じ
だけどその表情
その表情は無であった
まるでやせ細った樹木のように立って
檸檬ひとつ
優しく握りしめて
男、仁王立ちに立ってこっちを見ていた

瓶ビール
最後の一滴までグラスに注いで
もう一度見ると
もう男はいない
なんだったのだろうかと
考えてはみたもののわからない
けれどもなぜだかおれは
彼のことを知っているような気がして
忘れてはいけないことを忘れているような
妙な心持になって
ビールを一息にあおり
兄さんに清酒
コップ一杯二百二十円のを頼んで
夏だった
そとにはひかりが溢れていた

  *

引き絞られた呼び声が
ひかりにとけて
アスファルトに堆積する
枯れていく夏のふるえる手
耳を聾され
汗がにじんで
握りしめたのは
檸檬

藤本徹
「青葱を切る」所収
2016

最低にして最高の道

もう止さう。
ちひさな利慾とちひさな不平と、
ちひさなぐちとちひさな怒りと、
さういふうるさいけちなものは、
あゝ、きれいにもう止さう。
わたくし事のいざこざに
見にくい皺を縱によせて
この世を地獄に住むのは止さう。
こそこそと裏から裏へ
うす汚い企みをやるのは止さう。
この世の拔驅けはもう止さう。
さういふ事はともかく忘れて、
みんなと一緒に大きく生きよう。
見かけもかけ値もない裸のこころで
らくらくと、のびのびと、
あの空を仰いでわれらは生きよう。
泣くも笑ふもみんなと一緒に、
最低にして最高の道をゆかう。

高村光太郎
大いなる日に」所収
1942

さよなら

降りる子は海に、
乗る子は山に。

船はさんばしに、
さんばしは船に。

鐘の音は鐘に、
けむりは町に。

町は昼間に、
夕日は空に。

私もしましょ、
さよならしましょ。

きょうの私に
さよならしましょ。

金子みすゞ
金子みすゞ全集」所収
1930

カラス麦

土の肉体を たちきる
どこから呼ぶのだ
アブラクサス ガラ ガラ ツェ ツェ
ぬぎ捨てた古靴
そのぬぎ捨てた おまえの古靴の踵をけむりの如くひかりが貫ぬいて

カラス麦は

戦争や記憶や
愛を
太陽にむかって

カラス麦は

見つめられるごと
額をかがやかせ
茎はのび
じゅぴてるの羽根と思想よりも あおく染め

カラス麦は

アブラクサス ガラ ガラ ツェ ツェ と
つまさき立って茎はのび
千万の
きょうじんな意志の針金をゆすって
古靴のさき
未来の夜明けの
穴があいて
青い いくせいそうの頭上のみのりを
たわわに弾く

───────

あなたとむかいあっていると
まぶしくって
声はききとることができないが
言葉の揺れる速度にあわせて
口のまわりが
鳥の翔びたつごとくひかるので
それと わかる

日高てる
カラス麦」所収
1965

吐かせて

くろいくちびる くるほしいくさむら
ちちいろのちぶさ ちのいろのちくび

いろはにほへど nothing
あさきゆめみて nothing!

直立する たての重み
横臥する うすい重み

  ──笑ひ声

撃つ
狡猾の硝煙の にくしみの薬莢の

吐く
胃のなかのにがさ めのなかのからさ

さうして?さうして出かけるの?
やま?それとも水、どこか水?

わたしはただ 月に小石を投げ入れただけ
ぶたの死ぬのをみてきただけです

昨日はあった
今日はあるのか

邪魔な目かくし
ひらひらする手を唇をひっこめて

世界をおくれ
まるごとガブリ

ひっこめないのだなどうしても
よろしい では

わたしは
狂ふ

吉原幸子
「昼顔」所収
1973

新幹線

 満員、一箱丹九十人は乗っている。
 私には始発の岡山から東京まで四時間半だけれど、全部で考えれば平均三百時間以上がこの一箱につまっている。(その時間は殆ど誰も何もできず茫然としている。)
 四千時間ほどの列車がいま夕がたの背高泡立草の黄色な中を走っていく。

永瀬清子
「短章集/流れる髪」所収
1977