Category archives: Chronology

夕陽に顔面

長い黒髪 風にゆらめかせ
女子高生 夕陽を望む
滑らかな曲線を描くシルエットが
逆光によって赤い校庭に写し出される
女子高生は
ゆっくりと
こちらを向いて
その顔面が落ちる
ストンストンと真っさかさま一直線に落ちる
何枚も落ちる止まることなく地面に落ちる
落ちて入れ替わって落ちてこちらを見つめてくる顔面は無い
落ちる落ちる落ちる奇術のマスクのように落ちる
落ちる落ちる落ちる滝のように目まぐるしく落ちる
静止した胴体と反して次々変わる顔面の状態
周りの風景もいつの間にか激しく変わりだす
空は絶え間なく256色に移り変わり
早送りのよう雲は飛び月陽星々は回り続ける
ついに女子高生のハイソックスの縁から虹色の水が溢れだし
爪はどんどん伸びていって蛇のようとぐろを巻いていく
すべてが落ちて変わって飛んで回って動いて暴れて暴れて暴れて
百面相の顔面は険しい山を盛り積み造りあげているが
ただひとつ女子高生の胴体だけは
静止して
動かない
それ以外の全世界は恐ろしい速度で変化し続ける

祝儀敷
現代詩投稿サイト「B-REVIEW」より転載
2017

HELLO IT’S ME。

ところで、
(ジェイムズ・P・ホーガン『造物主(ライフメーカー)の掟』小隅 黎訳)

きみ
(コナン・ドイル『ボヘミアの醜聞』1、阿部知二訳)

なんて名前だったっけ?
(テリー・ビッスン『赤い惑星への航海』第一部・1、中村 融訳)

ぼくの名前?
(ジョン・T・スラデック『西暦一九三七年!』乗越和義訳)

きみの名前だよ。
(J・ティプトリー・ジュニア『ハドソン・ベイ毛布よ永遠に』伊藤典夫訳)

きみの名前は?
(キリル・ボンフィリオリ『チャーリー・モルデカイ4』XIV、三角和代訳)

きみの名前は?
(R・C・ウィルスン『時に架ける橋』第二部・21、伊達 奎訳)

きみの名前は?
(R・C・ウィルスン『世界の秘密の扉』幕間劇・4、公手成幸訳)

きみの名前は?
(スティーヴン・キング『呪われた町』上・第一部・第二章・1、永井 淳訳)

きみの名前は?
(トマス・M・ディッシュ『話にならない男』若島 正訳)

きみの名前は?
(J・G・バラード『終着の浜辺』遅れた救出、伊藤典夫訳)

きみの名前は?
(ジャック・リッチー『貯金箱の殺人』田村義進訳)

きみの名前は?
(ハリイ・ハリスン『ステンレス・スチール・ラットの復讐』11、那岐 大訳)

きみの名前は?
(コニー・ウィリス『リメイク』大森 望訳)

きみの名前は?
(ケン・マクラウド『ニュートンズ・ウェイク』A面5、嶋田陽一訳)

きみの名前は?
(コードウェイナー・スミス『ナンシー』伊藤典夫訳)

きみの名前は?
(ノーマン・スピンラッド『星々からの歌』クリア・ブルー・ルー、宇佐川晶子訳)

きみの名前は?
(アルジス・バドリス『隠れ家』浅倉久志訳)

きみの名前は?
(エリック・F・ラッセル『ディア・デビル』伊藤 哲訳)

きみの名前は?
(ジョン・ボイド『エデンの授粉者』13、巻 正平訳)

きみの名前は?
(ニールス・スティーヴンスン『スノウ・クラッシュ』下・41、日暮雅通訳)

きみの名前は?
(R・A・ラファティ『とどろき平』浅倉久志訳)

きみの名前は?
(R・A・ラファティ『つぎの岩につづく』浅倉久志訳)

きみの名前は?
(ジェフリイ・コンヴィッツ『悪魔の見張り』15、高橋 豊訳)

きみの名前は?
(ロッド・サーリング『歩いて行ける距離』矢野浩三郎訳)

きみの名前は?
(レイモン・クノー『地下鉄のザジ』7、生田耕作訳)

きみの名前は?
(フィリップ・K・ディック『空間亀裂』6、佐藤龍雄訳)

きみの名前は?
(ナン&アイヴィン・ライアンズ『料理長殿、ご用心』中村能三訳)

きみの名前は?
(シオドー・スタージョン『ゆるやかな彫刻』伊藤典夫訳)

きみの名前は?
(エリス・ピーターズ『アイトン・フォレストの隠者』4、大出 健訳)

きみの名前は?
(ジェイムズ・レオ・ハーリヒイ『真夜中のカウボーイ』3・5、宇野輝雄訳)

きみの名前は?
(ロジャー・ゼラズニイ『おそろしい美』浅倉久志訳)

きみの名前は?
(ダン・シモンズ『殺戮のチェスゲーム』第一部・6、柿沼瑛子訳)

きみの名前は?
(チャールズ・ストロス『アイアン・サンライズ』金子 浩訳)

きみの名前は?
(ボリス・ヴィアン『彼女たちには判らない』第十二章、長島良三訳)

きみの名前は?
(チャイナ・ミエヴィル『都市と都市』第2部・第13章、日暮雅通訳)

きみの名前は?
(チャイナ・ミエヴィル『ペルディード・ストリート・ステーション』上巻・第一部・5、日暮雅通訳)

きみの名前は?
(チャールズ・シェフィールド『ニムロデ狩り』9、山高 昭訳)

きみの名前は? 
(ジーン・ウルフ『養父』宮脇孝雄訳)

きみの名前は? 
(ジーン・ウルフ『フォーレセン』宮脇孝雄訳)

きみの名前は?
(デイヴィッド・ブリン『知性化戦争』下巻・第四部・54、酒井昭伸訳)

きみの名前は?
(アーサー・C・クラーク『遙かなる地球の歌』山高 昭訳)

田中宏輔
全行引用詩・五部作」所収
2015

あなたは誰

あなたはいったい誰
ずっと以前から
私の存在の内側にはりついて
私に似すぎてみせたり
似ても似つかぬふりをしたりする愚かな属性

けものだろうか あるときは
敵を求めて徘徊する
その行動半径の大きくて確実なこと
鳥だろうか あるときは
心臓の中からやさしい声が
まぎれもなくささやきかけることがある
猛禽だろうか あるときは
すべてのきずなから解かれて
ただの私に帰ろうとする私を
思いきりつきとうしにくる深夜のくちばし

あなたはいったい誰
いつからそういうことになったのか
私の半身になりすまして
私が表であなたが裏だったり
またはそのまったく逆だったりする奇妙な関係

あなたが着物で私が中身だとしたら
着物のすそに足をとられて私は動けない
私が着物であなたが中身だとしたら
あなたは裸身のまま何ひとつかくせない
身のおきどころもなく走り出しても
背中あわせの縄ばしごには
あなたものぼれない 私も
のぼれない 私もあなたも
どこへ脱出すればいいのか迷ったまま
もう何年でも宙づりになって揺れているだけ

牟礼慶子
「魂の領分」所収
1965

いちごシロップ

色あせた政治家のポスター
が見つめる こうえんからまっすぐにのびていた道は
とうきょう行の 一方通行で
希望だった
このどうしようもない こうえんの周りで
くすぶっているはずじゃない わたしは
とうきょうで女と寝たり寝なかったり するはずで
母のいない 小さなアパートで
息をひそめ 

忘れていくはずだった

こうえんの側溝に捨てられていた
濡れたエロ本を枝で持ち上げて 
鬼ごっこをしながらわたしたちは学んだ
ヒーローはいつも あたらしいことばをもってくるやつだった
わたしのなかに住むようになった 女たち
しばしば
わたしを つれていった

けれどいま
祖母の 車椅子であそぶ 
伯母に 女がいるのか聞かれる 母は
夜更けの

わたしを産み とらえてはなさない
さざ波
よせてはかえす 
優しい
強迫

生まれ
育った場所だもの
黒いベンツも 白いベンツも 
品川ナンバーじゃなくてかわいい
空も 絵具を塗りたくった画用紙のように青いし
こんなに橙色だったかって思う 夕焼け あの頃も
一番に登ってみせた
木の上で

決まって うまくいかないとき
眠っていても
踏切の音が聞こえてくるようなときにかぎって
便りがきた それは
いのり のような 
意思
彗星が弾みをつけて 勢いよく太陽系を飛び出していってもまた戻ってくるように
わたしは引き寄せられていく

どうしたい? と聞くわたしに
愛想をつかしてでていった
名前で呼ぶにはあまりに
みずみずしかった あの身体に
教えたかった 「どこへ行こうと
かるく握りしめるだけで
(いろはすみたいに)
ひねりつぶせるんだよ」
年上の スーツ姿になびいていった
大海で揺れるわたしの
いかだ
ペットボトルでできた
母なる海で浮かぶ
透明な乳房

色あせた政治家の顔
がひきつっている 一方通行の道を
どうして戻ってくることになったのか
こうえんの側溝に隠れていたときの気持ちで とうきょう
息をひそめ 
て いたの

突然
車が いきおいよく曲がってきて
わたしはひき殺されそうだった
心の奥底で 望んでいたこと
甘い死の香り
氷にかかったシロップ
月の無い夜に砂浜で聞こえてくる
声にならないのろい
背筋、伸ばして
しゃんとしなかんよ。
それは
わたしが生かされてきた
あたたかい
血のつながり

fujisaki fujisaki
現代詩投稿サイト「B-REVIEW」より転載
2017

trash

危機という
ことばを愛したことがある
ひとなみに
いまでも愛しているかもしれない
しかし
危機という
ことばは死んだことばだと思うが
どうだろう
陸前の
海のとどろく絶壁の上に立ちすくんでいたわたしを
突きおとしてやろうか
あざけった鬼のような女の眼は忘れることができない
そいつとわかれてから
栗鼠を一匹飼った
てのひらにのせてにぎりしめると
キキキキ
鳴きながらもがいた
その栗鼠が死んだときはつらかった
地下鉄の
淡路町のフォームの
trash
ペンキで書いてある鉄籠の中に
ハンケチにくるんで
なきがらは棄てた
ナニクワヌカオ
アイウエオ
いまでもわたしは毎朝
地下鉄の
淡路町のフォームを幽霊のように通りぬけていく
銭がないこと
天女からわたしが盗みとった羽衣のこと
木曽の蓮華の花やわらびのこと
ひらめいてはきえていく脳天に
うすい毛をはやして
火事ハドコダ
牛込ダ
牛ノキンタマ丸焼ケダ

会田綱雄
「鹹湖」所収
1957

囚人

真夜中 眼ざめると誰もゐない──
犬は驚いて吠えはじめる 不意に
すべての睡眠の高さに躍びあがらうと
すべての耳はベツドの中にある
ベツドは雲の上の中にある

孤独におびえて狂奔する歯
とびあがつてはすべり落ちる絶望の声
そのたびに私はベツドから少しづつずり落ちる

私の眼は壁にうがたれた双ツの穴
夢は机の上で燐光のやうに凍つてゐる
天には赤く燃える星
地には悲しげに吠える犬
(どこからか かすかに還つてくる木霊)
私はその秘密を知つてゐる
私の心臓の牢屋にも閉ぢ込められた一匹の犬が吠えてゐる
不眠の蒼ざめたvieの犬が。

三好豊一朗
「囚人」所収
1949

白い犬

湖が急に見えなくなってしまう曲り角
雨戸を二枚しか開けてない家があって
雨が細かく沢山降り出して
傘がなくて
それでも歩いていると
白い犬が濡れてとことこ通った
泥だらけになって
もう仕方なさそうな顔をしていた
棄てられた犬かと思っていたら
どこかでメリーメリーと呼んでいる
呼ばれても振りかえらずに
濁った水の流れる溝のへりを
何ということもない顔して
そのまま行ってしまった白い犬
あそこは湖が見えなくなる曲り角
音のない雨に濡れていた

串田孫一
「羊飼の時計」所収
1953

梅ちやん

梅ちやんの家は焼けた。
ぼくと遊んだ頃の
婆さんは死に
爺さんひとり居る藁家で
春の雪どけの晩
爺さんが酒をのんで火をだした。
火を吹いて 吹いて
あの藁家が崩れた。
春になつて 草がまつ蒼にのびた頃にも
焼けあとには黒い掘立杭が立つてゐた。
ぼくが十八の春、
梅ちやんは小樽のげいしや。
あの藁家は燃えちまつたよ。

伊東整
「雪明りの路」所収
1926

牝鶏

この庭の叔母さんたち 牝鶏の艦隊は樹の間を来て
私の窓の下で 彼女らは砂を浴びる
やがてその黄塵が 私の額に流れてくる なるほど・・・・と私はうなづく
ははあん 今年の春は この辺から始まるな

三好達治
「閒花集」所収
1934

何処へ

 

いつか幕は降りる

 

アラームにゆり起こされ
逃げ去ろうとする夢の尻尾を追って
朝の鏡にむかうとき
わびしい夜ふけの電車の片隅で
ぼんやり窓にうつる自分の顔に気づくとき
何に囚われて生きて来たのか
惑いの道をさすらっていたのか
ざらついた舞台にひとり取り残され
終末が近づいた予感とむかいあう

 

そのときはじめて出逢うもの
死者たちの吐息がまだただよっている
読みかけた書物の咽喉に
運河に舫う浚渫船のへさきに
窓にひるがえるカーテンのすそに
軽やかにまわる風見鶏の胸毛に
客席をわかせたベース弾きのほそい手首に
それぞれの時 それぞれの場所で
未知の輪郭にやさしくふれようとする

 

そして幕は降りる

 

人はちりぢりに何処へむかうのか
生きながら腐爛しかけた恥にまみれ
すでに傷を癒すすべもなく
やましさ 未練がましさをひた隠し
見知らぬ町の辻に立ちすくむとき

 

不穏な月の暈の下で
透きとおる異界のさまざまな影とすれちがう
はるかな闇のかなたで始まるステージに
最初の明かりが射し込んでいる

 

平林敏彦
ツィゴイネルワイゼンの水邊」所収
2014