何処へ

 

いつか幕は降りる

 

アラームにゆり起こされ
逃げ去ろうとする夢の尻尾を追って
朝の鏡にむかうとき
わびしい夜ふけの電車の片隅で
ぼんやり窓にうつる自分の顔に気づくとき
何に囚われて生きて来たのか
惑いの道をさすらっていたのか
ざらついた舞台にひとり取り残され
終末が近づいた予感とむかいあう

 

そのときはじめて出逢うもの
死者たちの吐息がまだただよっている
読みかけた書物の咽喉に
運河に舫う浚渫船のへさきに
窓にひるがえるカーテンのすそに
軽やかにまわる風見鶏の胸毛に
客席をわかせたベース弾きのほそい手首に
それぞれの時 それぞれの場所で
未知の輪郭にやさしくふれようとする

 

そして幕は降りる

 

人はちりぢりに何処へむかうのか
生きながら腐爛しかけた恥にまみれ
すでに傷を癒すすべもなく
やましさ 未練がましさをひた隠し
見知らぬ町の辻に立ちすくむとき

 

不穏な月の暈の下で
透きとおる異界のさまざまな影とすれちがう
はるかな闇のかなたで始まるステージに
最初の明かりが射し込んでいる

 

平林敏彦
ツィゴイネルワイゼンの水邊」所収
2014

One comment on “何処へ

  1. 「何処へ」は平林さんの許諾をいただいた上で掲載しております。
    無断転載はご遠慮ください。

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