危機という
ことばを愛したことがある
ひとなみに
いまでも愛しているかもしれない
しかし
危機という
ことばは死んだことばだと思うが
どうだろう
陸前の
海のとどろく絶壁の上に立ちすくんでいたわたしを
突きおとしてやろうか
あざけった鬼のような女の眼は忘れることができない
そいつとわかれてから
栗鼠を一匹飼った
てのひらにのせてにぎりしめると
キキキキ
鳴きながらもがいた
その栗鼠が死んだときはつらかった
地下鉄の
淡路町のフォームの
trash
ペンキで書いてある鉄籠の中に
ハンケチにくるんで
なきがらは棄てた
ナニクワヌカオ
アイウエオ
いまでもわたしは毎朝
地下鉄の
淡路町のフォームを幽霊のように通りぬけていく
銭がないこと
天女からわたしが盗みとった羽衣のこと
木曽の蓮華の花やわらびのこと
ひらめいてはきえていく脳天に
うすい毛をはやして
火事ハドコダ
牛込ダ
牛ノキンタマ丸焼ケダ
会田綱雄
「鹹湖」所収
1957
それでも生きなければならないのか、といううめきが滲んでくるような、これも詩なのでしょうね。