烏百態

雪のたんぼのあぜみちを

ぞろぞろあるく烏なり

 

雪のたんぼに身を折りて

二声鳴けるからすなり

 

雪のたんぼに首を垂れ

雪をついばむ烏なり

 

雪のたんぼに首をあげ

あたり見まはす烏なり

 

雪のたんぼの雪の上

よちよちあるくからすなり

 

雪のたんぼを行きつくし

雪をついばむからすなり

 

たんぼの雪の高みにて

口をひらきしからすなり

 

たんぼの雪にくちばしを

じつとうづめしからすなり

 

雪のたんぼのかれ畦に

ぴよんと飛びたるからすなり

 

雪のたんぼをかぢとりて

ゆるやかに飛ぶからすなり

 

雪のたんぼをつぎつぎに

西へ飛びたつ烏なり

 

雪のたんぼに残されて

脚をひらきしからすなり

 

西にとび行くからすらは

あたかもごまのごとくなり

 

宮沢賢治

文語詩未定稿」所収

1933

○●

○○を露出した恋人の顔——月経の日に

「便所」の中は百鬼夜中だ

   強 された時のやうに

●●憂欝な薔薇の

        ヂーンと開き放しになつてしまつた日だ!

俺ハ春ノ日ヲ墓場カラ出テ来タ
  ピストルと金貨のオモチヤ\ 太  銭!

金貨 金貨 金貨 金貨 金貨=|  ==ダ!

  軌道を外れさうなアブナイ/ 陽  ツ!
銭だ! みいんな銭だ!

  一杯ガマ口につめこんである銭ぢやないか!

太陽の光りだつて銭で買へる時代だ!

   ゼニヲ モツテヰナイモノハ

   ニンゲンデ ナインダ
  女も正義も――銭だ!

  〳〵〳〵〳〵赤い赤い赤い

        マツ赤ナ銭ナンダ!
——太陽形の銭が膏薬の代りにハリついてゐる局部から——

  腐敗した血が流れてゐる

  金よ 本よ 酒よ 歌よ 女よ

——世の中は重い荷物だ しよつて起てない荷物だ

  厄介な邪魔な荷物だネ

 

萩原恭次郎

死刑宣告」所収

1925

ラスコーリニコフ

殺到した群衆!
  闇の底に泥靴は鳴つた!
●●二階へ!
――――道路は争議団の
    職工の手と旗が渦まいてゐる!
扉の    ―――ピストルの発射があつた!
内部では
ドヲツ!
CCCCCCCCCC―――群集の叫號!
ボギー列車は巨大な胴体をもつて中央停車場へ走つた!
   ● 
   ● 
        不安なレール―――┐
                    └―――音響!
【窓】―窓●窓●窓●窓
     窓 ●
   ●窓
  ●窓
鉛貨よりも青つ白い空気●●流動する空気
戦慄する動脉
突走する血液

●斧
VAG WNG

●●●●●●●●●●●Eiiiiii----EEii
Eiiiiii~~~~~~~~CEiiiii
Eii●●●●
╲    ╱ド・ド・ド・ド・ド・●●
 ╲  ╱ 首
  ╲╱        RRRRRRRR
開いた手!VVVVVVV

足!●●露出された蒼黒い<
――壁へ!   血液┐
――戸棚へ!   ┌たつ上ね跳へ上天┘
    └靴

EiiiiiiiiiiiVAG.WNG●●●AA!ア!ワ!

●●●断崖
      楷子段
   濁音の急速なる破滅!
   血をふくんで蒼ざめた恐怖!
~~~~~~刑事課の自動車は走つた!
   ァ!
   
    ア!
    ウ  ワ  ハ!

剣付鉄砲の兵士
駆け出した警官
●●ベルの音響
れる群集——自動車、自動車、自動車
十字街の時計は
~~~~~~~~~~赤い指針で一時二十七分!

BWO BVVDC
群集●群集●群集●群集……群集●●●●●●

 

萩原恭次郎

死刑宣告」所収

1925

 

鳴らない鐘のあることを

知らずにゐた日が幸せか。

知つたこの日が幸せか。

引けども鳴らぬ鐘ならば

いつそ引かずにおいたもの。

 

竹久夢二

1920

 

天の誘ひ

 死んだ人なんかゐないんだ。

 どこかへ行けば、きつといいことはある。

 

 夏になつたら、それは花が咲いたらといふことだ、高原を林深く行かう。もう母もなく、おまへもなく。つつじや石榴の花びらを踏んで。ちようどついこの間、落葉を踏んだやうにして。

 林の奥には、そこで世界がなくなるところがあるものだ。そこまで歩かう。それは麓をめぐつて山をこえた向うかも知れない。誰にも見えない。

 僕はいろいろな笑い声や泣き声をもう一度思い出すだらう。それからほんとうに叱られたことのなかつたことを。僕はそのあと大きなまちがひをするだろう。今までのまちがひがそのためにすつかり消える。

 

 人は誰でもがいつもよい大人になるとは限らないのだ。美しかつたすべてを花びらに埋めつくして、霧に溶けて。

 

 さようなら。

 

立原道造

1939

 

田舎の理髪店で

幼馴染の体は石鹸の匂ひがぷんぷんする

石鹸の匂ひのやうに このわかい男にも

もう生活が染みこんでゐるのであらう

 

鏡に映つてゆれる

木橋と濁つた水と

彼の顔と──(頤のところの小さい疵はあの時の喧嘩のあとだ)

 

金がなくなつて またかへつて来た男の悲しみを

彼は器用に剃りあげる

昨日 川から腐つてあがつた水死人の話をしながら

 

ああ僕の瞼のうらで

昔のままの気橋がゆれる

濁つた水が流れる──二十年の歳月が・・・寂しい怒りのやうに

 

木下夕爾

1965

最後のキス

人よ未練があるうちに

最後のキスをしてしまえ

最後のキスに咲く花は

赤い焔のばらの花

 

ばらの焔をかき分けて

三十二枚の歯が笑う

人よ未練があるうちに

最後のキスをしてしまえ

 

 

最後のキスの夕まぐれ

孔雀は空を飛びまわり

恋の入日の隈どりに

金糸銀糸を投げかける

 

希くは恋人よ

高嶺の空に現れて

ものすごいほどつづけよう

恋の最後の偉大なキスを

 

 

最後のキスが済んだなら

君はあちらへ行きたまえ

私はこちらの坂道を

小鳥のように飛び下りよう

 

遠い浮世に鐘は鳴り

長い袂に月は照る

小径よつづけどこまでも

少女ごころが泣いていく

 

 

か弱いまでに ほのぼのと

宇宙は私を明るくし

二足 三足 夢のなか

肩に さくらの花が散る

 

熱い涙を胸に呑み

短い命投げ飛ばし

酔えば情思は甘いかな

耽美の星がちらちらと

 

高群逸枝

「放浪者の死」所収

1921

 

 

 

報告(ウルトラマリン第一)

ソノ時オレハ歩イテヰタ ソノ時

外套ハ枝ニ吊ラレテアツタカ 白樺ノヂツニ白イ

ソレダケガケワシイ 冬ノマン中デ 野ツ原デ

ソレガ如何シタ ソレデ如何シタトオレハ吠エタ

≪血ヲナガス北方 ココイラ グングン 密度ノ深クナル
北方 ドコカラモ離レテ 荒涼タル ウルトラマリンノ底ノ方ヘ――≫

暗クナリ暗クナツテ 黒イ頭巾カラ舌ヲダシテ

ヤタラ 羽搏イテヰル不明ノ顔々 ソレハ目ニ見エナイ狂気カラ転落スル 鴉ト時間ト アトハ

サガレンノ青褪メタ肋骨ト ソノ時 オレハヒドク

凶ヤナ笑ヒデアツタラウ ソシテ 泥炭デアルカ

馬デアルカ 地面ニ掘ツクリ返サレルモノハ 君モシル ワヅカニ一点ノ黒イモノダ

風ニハ沿海州ノ錆ビ蝕サル気配ガツヨク浸ミコンデ 

野ツ原ノ涯ハ監獄ダ 歪ンダ屋根ノ 下ハ重ク 鉄柵ノ海ニホトンド何モ見エナイ

絡ンデル薪ノヤウナ手ト サラニソノ下ノ顔ト 大キナ苦痛ノ割レ目デアツタ

苦痛ニヤラレ ヤガテ霙トナル冷タイ風ニ晒サレテ

アラユル地点カラ標的ニサレタオレダ

アノ強暴ナ羽搏キ ソレガ最後ノ幻覚デアツタラウカ

弾創ハスデニ弾創トシテ生キテユクノカ

オレノ肉体ヲ塗抹スル ソレガ悪徳ノ展望デアツタカ

アア 夢ノイツサイノ後退スル中ニ トホク烽火ノアガル 嬰児ノ天ニアガル

タダヨフ無限ノ反抗ノ中ニ

ソノ時オレハ歩イテヰタ

ソノ時オレハ歯ヲ剥キダシテヰタ

愛情ニカカルコトナク ビ漫スル怖ロシイ痴呆ノ底ニ

オレノヤリキレナイ

イツサイノ中ニ オレハ見タ

悪シキ感傷トレイタン無頼ノ生活ヲ

アゴヲシヤクルヒトリノ囚人 ソノオレヲ視ル嗤ヒヲ

スベテ痩セタ肉体ノ影ニ潜ンデルモノ

ツネニサビシイ悪ノ起源ニホカナラヌソレラヲ

≪ドコカラモ離レテ荒涼タル北方ノ顔々 ウルトラマリンノスルドイ目付
ウルトラマリンノ底ノ方ヘ――≫

イカナル真理モ 風物モ ソノ他ナニガ近寄ルモノゾ

今トナツテ オレハ堕チユク海ノ動静ヲ知ルノダ

 

逸見猶吉

1946

長崎ぶり

袖にのこりし南蛮の花手拭よ、

染めた模様の唐草は

誰がうつり香ぞ、にほひあらせいとう。

蘆会、蛮紅花、天南星、

平戸、出島の港ぐさ、

たはれ乙女の花言葉。

いざ赤き実を吸ひたまへ。

口はただれて血をはかむ。

牛胆、南星、めるくうる。

南無波羅葦増雲善主麿。

 

木下杢太郎

1912

大きい田舎の女を

 われわれは

大きい田舎の働き盛りの女を賛美する

夏草のやうな力と新しい情熱を

野薔薇をふみしだく大きい足を

四五人の子供を果実のやうにぶらさげる

円い酒甕のやうな乳房を

大雨に濡れて焔の藪のやうに乱れてゐる真黒な髪を

血で燃えた車の屋羽根のやうな手を

森のやうに笑ふ肉体の騒々しい音を

夕立のやうにせはしないおしやべりを

木と水と草の匂ひのする大きい高声を

われわれは彼女と語る

川や野のかがやかしい精神をいつぱいにして、

木の下で、太陽の畑で

あふれてくる月夜の川で。

 

佐藤惣之助

「荒野の娘」所収

1922