一
人よ未練があるうちに
最後のキスをしてしまえ
最後のキスに咲く花は
赤い焔のばらの花
ばらの焔をかき分けて
三十二枚の歯が笑う
人よ未練があるうちに
最後のキスをしてしまえ
二
最後のキスの夕まぐれ
孔雀は空を飛びまわり
恋の入日の隈どりに
金糸銀糸を投げかける
希くは恋人よ
高嶺の空に現れて
ものすごいほどつづけよう
恋の最後の偉大なキスを
三
最後のキスが済んだなら
君はあちらへ行きたまえ
私はこちらの坂道を
小鳥のように飛び下りよう
遠い浮世に鐘は鳴り
長い袂に月は照る
小径よつづけどこまでも
少女ごころが泣いていく
四
か弱いまでに ほのぼのと
宇宙は私を明るくし
二足 三足 夢のなか
肩に さくらの花が散る
熱い涙を胸に呑み
短い命投げ飛ばし
酔えば情思は甘いかな
耽美の星がちらちらと
高群逸枝
「放浪者の死」所収
1921