Category archives: 1960 ─ 1969

娘よ

娘よ
ちいさな庭の片隅に
桔梗が咲いた
ストロベリーの銀紙を
無心に引き裂く娘よ
父のそばにきて
よくみよや
あれが花 とばない蝶々
こんなにてばなしのもろいいのちが
地上にあるということの
大きな救いを
お前もいつの日か知るだろう
ほら風に
りんりんと鳴る桔梗ひとむら
父の膝の上で
ちりちりと銀紙を裂く娘よ

山本太郎
「糾問者の惑いの唄」所収
1967

落語

世間には
しあわせを売る男が、がいたり
お買いなさい夢を、などと唄う女がいたりします。

商売には新味が大切
お前さんひとつ、苦労を売りに行っておいで
きっと儲かる。
じゃ行こうか、  と私は
古い荷車に
先祖代々の墓石を一山
死んだ姉妹のラブ・レターまで積み上げて。

さあいらっしゃい、お客さん
どれをとっても
株を買うより確実だ、
かなしみは倍になる
つらさも倍になる
これは親族という丈夫な紐
ひと振りふると子が生まれ
ふた振りで孫が生れる。
やっと一人がくつろぐだけの
この座布団も中味は石
三年すわれば白髪になろう、
買わないか?

金の値打ち
品物の値打ち
卒業証書の値打ち
どうしてこの界隈では
そんな物ばかりがハバをきかすのか。

無形文化財などと
きいた風なことをぬかす土地柄で
貧乏のネウチ
溜息のネウチ
野心を持たない人間のネウチが
どうして高値を呼ばないのか。

四畳半に六人暮す家族がいれば
涙の蔵が七つ建つ。

うそだというなら
その涙の蔵からひいてきた
小豆は赤い血のつぶつぶ。
この汁粉 飲まないか?
一杯十円、
寒いよ今夜は、
お客さん。

どうしたも買わないなら
私が一杯、
ではもう一杯。

石垣りん
表札など」所収
1968

愛の人

ふりむかないでゆくだろう
小さな親切や赤い羽根
救世軍や歳末助けあい運動
それらあたたかいものに背を向けて

一人で去って行くだろう
暗いいんうつな風のなぎさを渡り
くれないの冷めたき原野
だいだい色の寒き海辺を歩き
マンザニータの荊なす樹海を乗り越えて
誰も見送るもののないままに

億兆の生物の痛々しい叫びを求め
ふるえる太初からの松明の光のなかを
世界中の美しい別れのうた
さようならのうたをうたいながら

村上昭夫
動物哀歌」所収
1967

鉛の塀

言葉は
言葉に生まれてこなければよかった

言葉で思っている
そそりたつ鉛の塀に生まれたかった
と思っている
そして
そのあとで
言葉でない溜息を一つする

川崎洋
川崎洋詩集」所収
1968

この部屋を出てゆく

この部屋を出てゆく 
ぼくの時間の物差しのある部屋を

書物を運びだした
机を運びだした
衣物を運びだした
その他ガラクタもろもろを運びだした
ついでに恋も運びだした

時代おくれになった
炬燵や
瀬戸火鉢
を残してゆく
だがぼくがかなしいのはむろん
そのためじゃない
大型トラックを頼んでも
運べない思い出を
いっぱい残してゆくからだ

がらん洞になった部屋に
思い出をぜんぶ置いてゆく
けれどもぼくはそれをまた
かならず
とりにくるよ
大家さん!

関根弘
「約束したひと」所収
1963

つながれた象

立っているよりほかはないから
細い目で立っているのだ

見るよりほかはないから
隣りの象をさぐるのだ

空がかわけば鼻をゆさぶり
空がぬれれば鼻をゆさぶり
それが
生きることなのだと

吠えるよりほかはないから
遠く遠く吠えるのだ
そして
眠るよりほかはないから
死んだように眠るのだ

村上昭夫
動物哀歌」所収
1967

生れた子に

もうだめなんだ
お前は立ってしまったんだ
脳味噌の重みを
ずーんと受けて
立ってしまったんだ
もうだめなんだ
ごらん
お前は影をもってしまった
お前の手は
小さな疑いの石を
いつのまにか
固くにぎってしまった
そら歩いてごらん
あとはそいつを
太陽の方角へ
投げるだけだ
石は三〇年もすれば
おちてきて
お前の額を撃つだろう
そのときお前は
もういちど立つだろう
父がそうしたように
心の力で

山本太郎
「糾問者の惑いの唄」所収
1967

人を感動させるやうな作品を
忘れてもつくってはならない。
それは芸術家のすることではない。
少くとも、すぐれた芸術家の。

すぐれた芸術家は、誰からも
はなもひつかけられず、始めから
反古にひとしいものを書いて、
永遠に埋没されてゆく人である。

たつた一つ俺の感動するのは、
その人達である。いい作品は、
国や、世紀の文化と関係がない。
つくる人達だけのものなのだ。

他人のまねをしても、盗んでも、
下手でも、上手でもかまはないが、
死んだあとで掘出され騒がれる
恥だから、そんなヘマだけするな。
 中原中也とか、宮沢賢治とかいふ奴はかあいそうな奴の標本だ。それにくらべて
 福士幸次郎とか、佐藤惣之助とかはしやれた奴だつた。

金子光晴
「屁のやうな歌」所収
1962

伐材

斧の音がきこえる 斧の音の木魂がきこえる きれいにつみかさねられた空気の層がふるへて 樹木のなげきの身ぶりをつたへる ならべられた彼らの腕の切口に 樹脂が滲み出る 涙のやうに 木洩れ陽に光りながら・・・・

   *

ふかく打ちこんだ斧は しばらくは抜けない 樹木はしつかりと斧をつかまへるのだ あらはなその肌の傷口をかくさうとするやうに

   *

夏の日の午後
私はその樹の蔭でねむつた
本を読んだり 馬鹿らしい空想にふけつたりした
今日 ざはめく水のやうに
私は浴びる 伐り倒される樹木たちの影を
斧よ 鳴れ
さうしてはやく伐り倒せ その樹を
退屈で長かつたわが夏の日も

木下夕爾
「定本 木下夕爾詩集」所収
1966

原子香水

わずか幾筒かの爆薬で
地表の半分を吹きとばすより
たった数滴の香水が
世界の窓を 野を 海を
われらの思想と
言葉の自由を匂わしてほしい

ああ 誰かそんな香水を
発明しないものか
貴重なその一壜をめぐって
国際管理委員会を設けよ
人類のもっとも光栄にかがやく昧爽
それら噴霧を
棚引く淡紅のハンカチに浸ませ!
すみれ色の空から降らせ!

丸山薫
「丸山薫詩集」所収
1968