世間には
しあわせを売る男が、がいたり
お買いなさい夢を、などと唄う女がいたりします。
商売には新味が大切
お前さんひとつ、苦労を売りに行っておいで
きっと儲かる。
じゃ行こうか、 と私は
古い荷車に
先祖代々の墓石を一山
死んだ姉妹のラブ・レターまで積み上げて。
さあいらっしゃい、お客さん
どれをとっても
株を買うより確実だ、
かなしみは倍になる
つらさも倍になる
これは親族という丈夫な紐
ひと振りふると子が生まれ
ふた振りで孫が生れる。
やっと一人がくつろぐだけの
この座布団も中味は石
三年すわれば白髪になろう、
買わないか?
金の値打ち
品物の値打ち
卒業証書の値打ち
どうしてこの界隈では
そんな物ばかりがハバをきかすのか。
無形文化財などと
きいた風なことをぬかす土地柄で
貧乏のネウチ
溜息のネウチ
野心を持たない人間のネウチが
どうして高値を呼ばないのか。
四畳半に六人暮す家族がいれば
涙の蔵が七つ建つ。
うそだというなら
その涙の蔵からひいてきた
小豆は赤い血のつぶつぶ。
この汁粉 飲まないか?
一杯十円、
寒いよ今夜は、
お客さん。
どうしたも買わないなら
私が一杯、
ではもう一杯。
石垣りん
「表札など」所収
1968