仲良しと、いま別れたらしい
娘さんが笑みを頬にのこしたまま
六階からエレベーターに入つてきた
四階で微笑んだ口がしまり
三階で頬がかたくなり
二階で目がつめたくなり
一階で、すべては消えた
エレベーターの扉があくと
死んだ顔は
黒い雑踏のなかに入つていつた
杉山平一
「声を限りに」所収
1967
墓地への石段はひどく古び そしてすりへっている
そこへわたしは きょうも生きることを教わりにゆく
もしも静寂と十字路がそこになく
わたしが自らの墓地から 耳傾けることをしなかったなら
ふたたびあたらしい愛にあやされて 帰路につくことは出来なかったろう
おお このすりへらされた親しい石の傾斜!
なんと多くのおびえた魂がうつむきながら行っただろう
あるいは涙を 嘆きを 小さな木箱にかたみして
だれもがそれを踏みしめていった そして
悲しみがいつも人々には重すぎたから
石はやさしく歪まなければならなかった
ここにくちづけるおおきな慈愛をもつものは
おそらくあの ありなしの風だけだろう
昇天をむしろ拒み 忘れられて土のなかにと拡がった
ついにひとりでしかなかった魂たちの表情をふかぶかと刻んで
いま 石段は明るい陽すじに影をつくり
ひろびろと樹脂の匂いを漂わせている墓地にむかって
あの はじめての子守唄のように静かだ
伊藤海彦
「黒い微笑」所収
1960
眠りにつくとき
満潮のようにひたひたと胸を圧してくるものはないか
たとえば くらい獣のような思いはないか
そしてまとまりもつながりもないことを思っていると
頬を濡らしてくる熱いものはないか
おまえたちが眠りにつくとき
まぶたの上でかたはなされた山鳩が鳴きはしないか
ほろほろと──
おまえたちはそれをききながら眠りにおちていくのだろうか
高木護
「夕焼け」所収
1965
心にひとかけらの感傷も持たないやつが
冬の隅田川を渡ってゆく
愛もなく
鳥もいない宇宙に向かって
心にひとかけらの勇気も持たないやつが
肺をタールでいっぱいにして
子供の首を洗っている
絶望的な夕陽の溢れる隅田川で
ぼくは長い旅をした
三十年かかっても計算できない道のりを
横倒しの女たちといっしょに
たったひとりで
ぼくが近づこうとしているのは
たぶん風でつくられた
変幻自在の見えない都市だ
男が子供を産みはじめる苦痛の都市だ
ぼくは征服者の善意を信じないように
あざむかれた階級の
心からの悪意を信じることができない
お願いだ せめて
生まれようとする無垢に
だれもさわるな
大岡信
「大岡信詩集」所収
1968
仕事にかかろうとあなたが上衣をお脱ぎになった時
私には脱ぐと云うことの美しさが
突然はっきりわかりました。
あなたが焚火に踵をおかざしになった時
人は無限の曲線から成ることを
そして踵は心を無限に導くことを
あたらしく私の眼に彫りつけました。
朝の光はきらびやかに
その時霜は一めんの白光を放ちました
もしもあなたが物をも云わず
一顧も私を御覧にならず
立ち去ってゆかれましても
それはもう致し方御座いません
私の心の襞はふかく折りたたまれ
みえない詩を沢山かくしました
私はそのことで満足いたしましょう
無意識にあなたの意味していらっしゃる事が
はっきりと今私の胸にこみあげました。
ただあなたにむかって私の髪の毛の渦の一つさえが
女の悲しみをあらわさず
私の指の一ふしがあなたを引きとめると
あなたに見えないであろうことを
つらくつらくおもいました。
永瀬清子
「薔薇詩集」所収
1960
―─雪が降って来た。
―─鉛筆の字が濃くなった。
こういう二行の少年の詩を読んだことがある。十何年も昔のこと、「キリン」という 童詩雑誌でみつけた詩だ。雪が降って来ると、私はいつもこの詩のことを思い出す。 ああ、いま、小学校の教室という教室で、子供たちの書く鉛筆の字が濃くなりつつあるのだ、と。 この思いはちょっと類のないほど豊饒で冷厳だ。勤勉、真摯、調和、そんなものともどこかで関係を持っている。
井上靖
「運河」所収
1967