墓地への石段は・・・

墓地への石段はひどく古び そしてすりへっている
そこへわたしは きょうも生きることを教わりにゆく
もしも静寂と十字路がそこになく
わたしが自らの墓地から 耳傾けることをしなかったなら
ふたたびあたらしい愛にあやされて 帰路につくことは出来なかったろう

おお このすりへらされた親しい石の傾斜!
なんと多くのおびえた魂がうつむきながら行っただろう
あるいは涙を 嘆きを 小さな木箱にかたみして
だれもがそれを踏みしめていった そして
悲しみがいつも人々には重すぎたから
石はやさしく歪まなければならなかった
ここにくちづけるおおきな慈愛をもつものは
おそらくあの ありなしの風だけだろう

昇天をむしろ拒み 忘れられて土のなかにと拡がった
ついにひとりでしかなかった魂たちの表情をふかぶかと刻んで
いま 石段は明るい陽すじに影をつくり
ひろびろと樹脂の匂いを漂わせている墓地にむかって
あの はじめての子守唄のように静かだ

伊藤海彦
黒い微笑」所収
1960

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