心にひとかけらの感傷も

心にひとかけらの感傷も持たないやつが
  冬の隅田川を渡ってゆく
    愛もなく
      鳥もいない宇宙に向かって

心にひとかけらの勇気も持たないやつが
  肺をタールでいっぱいにして
    子供の首を洗っている
      絶望的な夕陽の溢れる隅田川で

ぼくは長い旅をした
  三十年かかっても計算できない道のりを
    横倒しの女たちといっしょに
      たったひとりで

ぼくが近づこうとしているのは
  たぶん風でつくられた
    変幻自在の見えない都市だ
      男が子供を産みはじめる苦痛の都市だ

ぼくは征服者の善意を信じないように
  あざむかれた階級の
    心からの悪意を信じることができない
      お願いだ せめて

生まれようとする無垢に
だれもさわるな

大岡信
大岡信詩集」所収
1968

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