―─雪が降って来た。
―─鉛筆の字が濃くなった。

こういう二行の少年の詩を読んだことがある。十何年も昔のこと、「キリン」という 童詩雑誌でみつけた詩だ。雪が降って来ると、私はいつもこの詩のことを思い出す。 ああ、いま、小学校の教室という教室で、子供たちの書く鉛筆の字が濃くなりつつあるのだ、と。 この思いはちょっと類のないほど豊饒で冷厳だ。勤勉、真摯、調和、そんなものともどこかで関係を持っている。

井上靖
「運河」所収
1967

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