仕事にかかろうとあなたが上衣をお脱ぎになった時
私には脱ぐと云うことの美しさが
突然はっきりわかりました。
あなたが焚火に踵をおかざしになった時
人は無限の曲線から成ることを
そして踵は心を無限に導くことを
あたらしく私の眼に彫りつけました。
朝の光はきらびやかに
その時霜は一めんの白光を放ちました
もしもあなたが物をも云わず
一顧も私を御覧にならず
立ち去ってゆかれましても
それはもう致し方御座いません
私の心の襞はふかく折りたたまれ
みえない詩を沢山かくしました
私はそのことで満足いたしましょう
無意識にあなたの意味していらっしゃる事が
はっきりと今私の胸にこみあげました。
ただあなたにむかって私の髪の毛の渦の一つさえが
女の悲しみをあらわさず
私の指の一ふしがあなたを引きとめると
あなたに見えないであろうことを
つらくつらくおもいました。
永瀬清子
「薔薇詩集」所収
1960