Category archives: 1950 ─ 1959

朝の歌

 雨戸をあけると、待ちかねていた箱のカナリヤが動きまわつた。縁側に朝の日がさし、それが露に濡れた青い菜つぱと小鳥の黄色い胸毛に透きとほり、箱の底に敷いてやる新聞紙も清潔だつた。さうして妻は清々しい朝の姿をうち眺めてゐた。
 いつからともなくカナリヤは死に絶えたし、妻は病んで細つて行つたが、それでも病室の雨戸をあけると、やはり朝の歌が縁側にきこえるやうであつた。それから、ある年、妻はこの世をみまかり、私は栖みなれた家を畳んで漂泊の身となつた。けれども朝の目ざめに、たまさかは心を苦しめ、心を弾ます一つのイメージが まだすぐそこに残つてゐるやうに思えてならないのだつた。

原民喜
原民喜詩集」所収
1951

自分が机に向っていると
こんなことを囁く奴がいる
「お前は何時までも生きるつもりでいるのだね、何時までも」

「いいえ」と自分は云った、
「それでも五十までは生きる心算だろう」
とそいつは云った。

「さあ」と自分は云った、
そうして少し不安になった。
「生きられませんか」自分は小声で聞いた。

「さあ」とそいつは笑を帯びて云った
そうして何処かへ行ってしまった。

武者小路実篤
武者小路実篤詩集」所収
1953

長い廊下

長い廊下を一人で
どしんどしんどしんと
大股で力を入れて歩いて見たい。
そうして時々、大声で怒鳴って見たい。
お──い

反響のない所で
力を入れて歩くのは、
損な気がする。
反響のない所で、どなって見るのも
消えてゆくのが淋しい。

どしんどしんどしん
あたりにそれが響く。
お──い
あたりにそれが響く。
その内を一人で、子供らしく歩いて見たい。

馬鹿な願いだ
むだな望みだ
しかし都会にすむ自分は、十年余り、
どしんどしんとやったこともない。
お──いと怒鳴ったこともない。

子供のように束縛されずに、
世間を顧みず、他人を顧みず、
ふるいまいたいのだ、怒鳴りたいのだ。
反響のある所で。
どしんどしんどしん、お──い。

武者小路実篤
武者小路実篤詩集」所収
1953

上り列車

これがかうなるとかうならねばならぬとか
これがかうなればかうなるわけになるんだから かうならねばこれはうそなんだとか
兄は相も變らず理窟つぽいが
まるでむかしがそこにゐるやうに
なつかしい理窟つぽいの兄だつた
理窟つぽいはしきりに呼んでゐた
さぶろう
さぶろう と呼んでゐた
僕は自分がさぶろうであることをなんねんもなんねんも忘れてゐた
どうにかすると理窟つぽいはまた
ばく
ばく と呼んでゐた
僕はまるでふたりの僕がゐるやうに
ばくと呼ばれては詩人になり
さぶろうと呼ばれては弟になつたりした

旅はそこらに郷愁を脱ぎ棄てゝ
雪の斑點模樣を身にまとひ
やがてもと來た道を搖られてゐた

山之口貘
山之口貘詩集」所収
1958

月の出

今東の空をみたら山火事かと驚いた。一めんにあかく彩られていた。何事かと思ってみていると月の出るところ。
電力時計がカチリと長針をすすめるように、ほとばしるような力をこめて月がのし上る。又出た。又出た。もう半分くらい出た。
その色は赤銅色のかがやきだ。
全部あらわれた時煤色のヴェールがその表面をすーっとかすめた。
すっかり出た時かがやきは失われ、ただ赤爛色の円盤になった。

永瀬清子
「薔薇詩集」所収
1958

六月

どこかに美しい村はないか
一日の仕事の終わりには一杯の黒麦酒
鍬を立てかけ 籠をおき
男も女も大きなジョッキをかたむける

どこかに美しい街はないか
食べられる実をつけた街路樹が
どこまでも続き すみれいろした夕暮は
若者のやさしいさざめきで満ち満ちる

どこかに美しい人と人の力はないか
同じ時代をともに生きる
したしさとおかしさとそうして怒りが
鋭い力となって たちあらわれる

茨木のり子
見えない配達夫」所収
1958

比良のシャクナゲ

むかし写真画報という雑誌で〝比良のシャクナゲ〟
の写真をみたことがある。そこははるか眼下に鏡のよう
な湖面の一部が望まれる比良山系の頂きで、あの香り高
く白い高山植物の群落が、その急峻な斜面を美しくおお
っていた。
その写真を見た時、私はいつか自分が、人の世の生活の
疲労と悲しみをリュックいっぱいに詰め、まなかいに立
つ比良の稜線を仰ぎながら、湖畔の小さい軽便鉄道にゆ
られ、この美しい山巓の一角に辿りつく日があるであろ
うことを、ひそかに心に期して疑わなかった。絶望と孤
独の日、必ずや自分はこの山に登るであろうと――。
それからおそらく十年になるだろうが、私はいまだに比
良のシャクナゲを知らない。忘れていたわけではない。
年々歳々、その高い峰の白い花を瞼に描く機会は私に多
くなっている。ただあの比良の峰の頂き、香り高い花の
群落のもとで、星に顔を向けて眠る己が睡りを想うと、
その時の自分の姿の持つ、幸とか不幸とかに無縁な、ひ
たすらなる悲しみのようなものに触れると、なぜか、下
界のいかなる絶望も、いかなる孤独も、なお猥雑なくだ
らぬものに思えてくるのであった。

井上靖
北国」所収
1958

栗の木

どの恋人と行つても
僕の言葉が同じだつたやうに
僕に抱かれて夢みるそぶりをする恋人の
その額の上に
やはらかい木もれ日を
そよそよと降らせるのでした
僕にとつてはやさしい一本の木なのです
山の上の小道をたどりながら
人の心をとらへるために
だんだん僕が人に迫り
そのからだを支へるのを
緑の葉をそよがせて招いてくれた
あの栗の木は
今日 ひどい胸の破れに
一人で僕がそこへ行くと
無残にも切りたふされてゐて
僕はその上にまたがつて
共犯者の死を泣くだけでした

小山正孝
「逃げ水」所収
1955

遠い国の船つきでおれは五年も暮らしてきた
おれはいつでも独りぼつちでさびしい窓にぼんやりもたれて暮してゐたのだ
ああそのながい間ぢゆうおれは何を見てゐただらう
鴉 鴉 鴉 あのいんきな鬱陶しい仲間たち
今日も思ひ出すのは奴らのことばかりだ
あのがつがつとした奴らが明け暮れ辺鄙な空にまかれて
漁船のうかんだ海の上まであいつらが空をひつかきまはした
朝焼けにも夕焼けにも
せつかく絵具をぬりたてた
そこいらぢゆうの風景をめちやめちやにして
あいつらは火事場泥棒のやうにさわぎまはつた
何といふがさつな浅ましい奴らだらう
朝つぱらのしののめから
奴らはせつせと遠くの方まで出かけていつた
さうしてそこらの砂浜で何だかごたごた腐つたさかなの頭なんかを
頬ばつたりひろひこんだり
あくびをしたり喧嘩をしたりさ
それから小首をかしげたり
さうして都会の小僧どもが日暮れの自転車をふむやうに
奴らはせかせか羽ばたきをして
後から後から後から 海を渡つてもどつてきたものだ
けれどもどうだらう
これから後五百万年も きつと奴らは滅びることはないだらう
そんな苦しい考へから
おれはいつもひとりで結局ふさぎこんでしまつたものだ
おまけに今日は東京銀座の四つ辻で
外でもないおれはまたあいつらのことを思ひだしてゐるのだ
何といふわびしい追想だらう
笑つてやれ!
ここではお洒落なハンド・バッグが何だかあいつらのまねをして
この日の暮れのうすぼんやりした海の上をせかせか羽ばたくからだらう

三好達治
駱駝の瘤にまたがつて」所収
1952

屋根

日本の家は屋根が低い
貧しい家ほど余計に低い、

その屋根の低さが
私の背中にのしかかる。

この屋根の重さは何か
十歩はなれて見入れば
家の上にあるもの
天空の青さではなく
血の色の濃さである。

私をとらえて行く手をはばむもの
私の力のその一軒の狭さにとぢこめて
費消させるもの、

病父は屋根の上に住む
義母は屋根の上に住む
きょうだいもまた屋根の上に住む。

風吹けばぺこりと鳴る
あのトタンの
吹けば飛ぶばかりの
せいぜい十坪程の屋根の上に、
みれば
大根ものっている
米ものっている
そして寝床のあたたかさ。

負えという
この屋根の重みに
女、私の春が暮れる
遠く遠く日が沈む。

石垣りん
私の前にある鍋とお釜と燃える火と」所収
1959