栗の木

どの恋人と行つても
僕の言葉が同じだつたやうに
僕に抱かれて夢みるそぶりをする恋人の
その額の上に
やはらかい木もれ日を
そよそよと降らせるのでした
僕にとつてはやさしい一本の木なのです
山の上の小道をたどりながら
人の心をとらへるために
だんだん僕が人に迫り
そのからだを支へるのを
緑の葉をそよがせて招いてくれた
あの栗の木は
今日 ひどい胸の破れに
一人で僕がそこへ行くと
無残にも切りたふされてゐて
僕はその上にまたがつて
共犯者の死を泣くだけでした

小山正孝
「逃げ水」所収
1955

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