上り列車

これがかうなるとかうならねばならぬとか
これがかうなればかうなるわけになるんだから かうならねばこれはうそなんだとか
兄は相も變らず理窟つぽいが
まるでむかしがそこにゐるやうに
なつかしい理窟つぽいの兄だつた
理窟つぽいはしきりに呼んでゐた
さぶろう
さぶろう と呼んでゐた
僕は自分がさぶろうであることをなんねんもなんねんも忘れてゐた
どうにかすると理窟つぽいはまた
ばく
ばく と呼んでゐた
僕はまるでふたりの僕がゐるやうに
ばくと呼ばれては詩人になり
さぶろうと呼ばれては弟になつたりした

旅はそこらに郷愁を脱ぎ棄てゝ
雪の斑點模樣を身にまとひ
やがてもと來た道を搖られてゐた

山之口貘
山之口貘詩集」所収
1958

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