Category archives: 1970 ― 1979

空をかついで

肩は
首の付け根から
なだらかにのびて。
肩は
地平線のように
つながって。
人はみんなで
空をかついで
きのうからきょうへと。
子どもよ
おまえのその肩に
おとなたちは
きょうからあしたを移しかえる。
この重たさを
この輝きと暗やみを
あまりにちいさいその肩に。
少しずつ
少しずつ。

石垣りん
略歴」所収
1979

ふるさとの小川は

ふるさとの小川は いまも
澄んで流れているだろうか

さらさら さらさら と音もなく
白砂を運んでいるだろうか

きゅるきゅる きゅるきゅる と忙しく
川底の玉石を磨いているだろうか

すばやい鮠の子たちを
光の紐で捕えたり放したりしているだろうか

夕月の影をこなごなに砕きながら
ミソハギの白い根を洗っているだろうか

少女に逢う日
燃える肌を浸して漱ぎ浄めたあの朝のままに
沁みとおるように冷たいだろうか

戦さに出で立つまえを
眠れなかった一夜のように
かなしい子守歌をうたっているだろうか

ふるさとの小川は いまも
澄んで流れているだろうか
わたしの中を
ひとすじに流れつづけているそれのように・・・

磯村英樹
水の女」所収
1971

切符

一人の男は
天を持つ

一人の男は
山を持つ

一人の男は
海を持つ

持った淋しさで
男たちは

それぞれ背中を向けあって
終りのない旅をつづける

高木護
「やさしい電車」所収
1971

ゆめ(三)

”とぶゆめ”をしばらくみない
といふはなしをしたら その夜
久しぶりに ”とぶゆめ”をみた

いつものやうに
高度は十五メートル位
塔の屋根から屋根へとんで
誰もゐない部屋をのぞきこんだり
電線をくぐったり
樹の枝にやすんだり
ヘリコプターを追ひかけたり

泳ぐゆめならみたわ
でもとぶゆめなんて一度もーー
とあのひとが言ったとき
わたしはふと胸をつかれた
(日常が そんなに重くて?)

反対かもしれない
日常が重いからこそ
わたしたちはゆめでとぶのかもしれない
それに とぶゆめといふものは
蝶のやうにいい気持とは限らない
むしろ たいていは怖いゆめだ

それでも
あのひとに 一度ぐらゐは
ゆめのなかでとばせてあげたい
蝶のやうにかるく
鳥のやうにするどく

ああゆめのなかでは
愛も 憎しみも
恐怖さへも かがやいてゐる
ぴすとるをしっかりと握って とべ
墜落のやうに烈しく

吉原幸子
「夢 あるひは…」所収
1976

強くなつてね

寂しい顔を見せちや厭
なるようにしかならないわ
それより太いその腕で
あたしを抱いて笑つてよ
 強くなつてね ねえ あなた

さらりと添える縁なんか
ロマンチックぢやないことよ
くるしい棘を我慢して
折るのが愛の薔薇なのよ
 強くなつてね ねえ あなた

くよくよしてもつまらない
お止しなさいよ もの案じ
かなしく落ちる夕日でも
明日になれば上るわよ
 強くなつてね ねえ あなた

ひとりで生きる世ではなし
二人で分ける苦労なら
苦労も恋の味の素
涙の味も乙だわよ
 強くなつてね ねえ あなた

西條八十
西條八十歌謡集」所収
1970

在る

 僕は近ごろ、大へんお節介になってきて自分でも困っている。公衆電話にながい列ができていたりすると、わざわざそこへ行って、あちらに空いた公衆電話がありますよ、と告げに行ったり通りががりのポストの口に、入りかけた手紙がはみ出しているのを見ると、手で押し込みに行ったりする。
 他人に話しかけるのがきらいで、他人から話しかけられるのもきらいだった自分の変わりようが、自分ながらふしぎでならない。
 たてこんだ食堂で、空いた席はないかとさがしている人を見ると、食事の終わった僕は、立ち上がって、手招きする。向うが気づかないと、ここが空きますよ、声をかけたりする。それを、そういう僕を、同行の家族たちは、嫌がって、恥ずかしがる。
 電車のなかで、銅貨を唇にひっつけている小学生を見たので、汚いからやめなさい、といったら、その子はプイと向うへ行ってしまった。交叉点で、シグナルを待っているとき、向うのアスファルトが、逃げ水に光って、自動車がうつっている。誰も気がつかないので、傍におしゃべりしている若い女性たちに、指をあげて、ほれ、あれが逃げ水、といってやったら、彼女たちは、チラッと僕の顔を、怪訝そうに見て、精神異常者のひとり言と思ったのか、不快そうな顔をして、またしゃべりつづけた。
 僕も、他人の教えたがり、お節介はきらいだったから、彼女たちの気持はよくわかる。それなのに、他人がみな友人や、わが子のように感じられて、話しかけるのが平気になり、きらわれていると知りながら、黙っておれないのだ。
 電車で、前の席に、しきりにチューインガムを噛む若い女性が坐っている。服装もよいし、顔だちも、嫌な感じではない。だが、そのガムを噛む口つきを見ることに僕は耐えがたい。ときどき口をつき出すように前歯で噛んだりする。僕は、彼女がガムを噛むのを不快に思っていることを、なんとか知らせようと思って、じぃーと、口さきを見つめることにした。彼女は僕に無関心である。けれども、あまり見つめるので、なんとなく気がついたらしい。僕の方を見なくなった。それが意識的なのがわかる。つまり、僕が彼女の美しさに非常に惹かれ、関心をあつめている男性と見えたのであるらしかった。僕は、そうではないと思わせるために、眉をしかめ、目にできるだけ怒りを込め、そして、口だけに視線をあつめていることを見せるよう努力した。しかし彼女は僕の視線を、頬で感じて、たのしんでいるだけだ。
 たしかに彼女はたのしんでいる。一心不乱にチューインガムを噛んでいる。それがなぜ、僕に不快なのだろう。彼女がたのしそうだからか。他人の幸福は、僕の不幸か、たしかにそれもそうだが、彼女を叱る理由はなにもない。食後満足して妻楊枝をくわえて歩いている人を見るのも不快である。彼が幸福そうだからか。
 男女が手をつないで歩いているのを見るのも不愉快である。彼らが幸福であるからか。嫉妬ごころであろうか。その原因をいろいろ考えてみると、結局、周囲、他人への無関心が不快の一つの原因であるらしいことに思い当たった。手をとりあった男女のうち、男は、そういう視線を感ずると、恥ずかしそうにする、それを見ると、僕には大へん好ましく思える。女は全然、他人周囲がわからない。これも、けれども、やめなさい、と怒鳴る理由がはっきりしない。
 チューインガムの女に、僕は注意することはできない。「禁煙」の貼り札にならんで「禁ガム」という表示でもないかぎり、僕はお節介をやくわけにはいかないであろう。声をかけられないために、僕は苦しむ。
 僕は、この人は早く降りるだろうと思って、その人の前の釣革にぶら下っていた。僕は席がほしかった。その人は近くで降りる人であることは、服装や持物で判断できた。その人は、しかし、僕の期待に反して、次の駅に来ても、次の次の駅に来ても降りなかった。他の席の客は入れかわるのに、なんということであろう。彼は読んでいた新聞をたたんだ、やっと空くか思ったのも束の間、彼は眠りはじめた。僕は憤慨した。彼の皮膚の色の茶色なのも不愉快である。その口の結び具合、しわまで不快になってきた。なんだ、そんなところにホクロなんかつけやがって、と首すじの黒子も気に入らない。しかし僕は彼に怒鳴るわけにはいかない。その人はなにも悪いことはしていない。なにも誤っていない。
 それなのに、その人は僕にうらまれている。なにを、その存在を、である。席を占めていることを、である。在ることが、他人にとって邪魔なのである。存在は罪である。悪である。
 誤った判断をした自分への攻撃は忘れて、僕は全身をあげて、その人物への憎悪をたぎらせた。しかも、一言も彼にいうことはできない。彼は、その人は、どの駅にも降りず、ついに僕の降りる駅に止ったとき立ち上った。僕は、その人のうしろから、ぶちまけられない怒りにふくれ上った僕は、まさに嘔吐せんばかりに、青ざめて、疲れて、暗いホームの上を歩いて行った。
 僕も、在ることが、存在していることが、生きていることが、他人にとってたいへんな罪になっているのだろうか。

杉山平一
ゼピュロス」所収
1977

大根

山本栄作さんというお人は
伊豆の山里に生まれ育ち
農業をなりわいとした。

細い端麗な面差しと
すわっていてもまっすぐに伸ばした背筋の
くずれることはなかった。

よく働き
静かに言葉少なに話した。
健康な九人の子に恵まれた。

年をとって恋女房に先だたれたあと
自身病気勝ちになっても
起きられれば
家のまわりの仕事に気を配っていた。

ある日
畑の土をせっせと掘り返し
大石をどけながら
長男の嫁にいったそうだ。
こうしておくと
いまに柔らかぁい大根ができる、と。

去年の夏
栄作さんは八十四歳で死んだ。

いまごろ
土ふところの中では
白い大根がみずみずしく育っているか。

石垣りん
略歴」所収
1979

読書

書物を開くと
ぼくらの中に遠い世界がひろがる
乾いた幹を飢えた稲妻がたおすとき
こんな不安な夜の中で
ひとはたがいの存在をたしかめ合う
灯をつけるように
ひとはお前の開かれたところへ来て
静かな休息をみいだす
やさしい祈りや愛をみいだす
その一つは世界のひとびとにつづく
すべての知恵のしるし
お前のかなしみにひかる声によって
ぼくらの人生は慰められる
燃える叢をよこぎって
ひとが昼間ずっとあるいてきた
強烈な夏の日の思想とともに

秋谷豊
「冬の音楽」所収
1970

儀式

母親は
白い割烹着の紐をうしろで結び
板敷の台所におりて
流しの前に娘を連れてゆくがいい。

洗い桶に
木の香のする新しいまないたを渡し
鰹でも
鯛でも
鰈でも
よい。
丸ごと一匹の姿をのせ
よく研いだ庖丁をしっかり握りしめて
力を手もとに集め
頭をブスリと落すことから
教えなければならない。
その骨の手応えを
血のぬめりを
成長した女に伝えるのが母の役目だ。

パッケージされた肉の片々を材料と呼び
料理は愛情です、
などとやさしく諭すまえに。
長い間
私たちがどうやって生きてきたか。
どうやってこれから生きてゆくか。

石垣りん
略歴」所収
1979

母に

畳のうえに ひっそりとすわって
やがてくる季節のふとんをひろげるあなた
山椒の若芽をすりつぶし
食卓のやさしいにおいのなかで
ふと のめないビールをのんでみるあなた
(海のなかにいるお母さん)
(お母さんのなかにいる海)

水のように のみこみ あふれ
港のように しずかになって
闇にさまよう気まぐれな小舟を迎える
あなたほどの大きなゆるしが いつか
わたしたちにも もてるのでしょうか
うしろ姿にばかり わたしは目を伏せて
花束をそっとここに置きます
昔からの母たちの祈りによって咲いた花束を
子が母に 母が祖母にと育ちながら
一つの花束をリンネのように たらい回しに
子が母に 母が祖母にと贈って
やがてそれは遠い美しいふるさとに向って
かすんでゆきます

吉原幸子
「魚たち・犬たち・少女たち」所収
1975