母に

畳のうえに ひっそりとすわって
やがてくる季節のふとんをひろげるあなた
山椒の若芽をすりつぶし
食卓のやさしいにおいのなかで
ふと のめないビールをのんでみるあなた
(海のなかにいるお母さん)
(お母さんのなかにいる海)

水のように のみこみ あふれ
港のように しずかになって
闇にさまよう気まぐれな小舟を迎える
あなたほどの大きなゆるしが いつか
わたしたちにも もてるのでしょうか
うしろ姿にばかり わたしは目を伏せて
花束をそっとここに置きます
昔からの母たちの祈りによって咲いた花束を
子が母に 母が祖母にと育ちながら
一つの花束をリンネのように たらい回しに
子が母に 母が祖母にと贈って
やがてそれは遠い美しいふるさとに向って
かすんでゆきます

吉原幸子
「魚たち・犬たち・少女たち」所収
1975

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