山本栄作さんというお人は
伊豆の山里に生まれ育ち
農業をなりわいとした。
細い端麗な面差しと
すわっていてもまっすぐに伸ばした背筋の
くずれることはなかった。
よく働き
静かに言葉少なに話した。
健康な九人の子に恵まれた。
年をとって恋女房に先だたれたあと
自身病気勝ちになっても
起きられれば
家のまわりの仕事に気を配っていた。
ある日
畑の土をせっせと掘り返し
大石をどけながら
長男の嫁にいったそうだ。
こうしておくと
いまに柔らかぁい大根ができる、と。
去年の夏
栄作さんは八十四歳で死んだ。
いまごろ
土ふところの中では
白い大根がみずみずしく育っているか。
石垣りん
「略歴」所収
1979