胡桃ほどの大きさの
その脳みそで
死んだ子の
顔はおぼえてゐないのだね
ただ 数だけの
ひとつ といふ数だけの
おぼろげな記憶?
おまへが 誰に教はりもしないのに
袋を破って 袋を食べて
あの子の毛並がふんはり立つほどなめて それから
両端から嚙みつぶすやうに止血しながら
上手にヘソの緒を切るのを見たとき
ほとんど <神>を信じさうになった
(<本能>といふことばでは足りなかった!)
でもその時すでに あの子は息をしてゐなかったのだ
わたしが 雪を掘って
雪の下の土を掘って
椿の根もとに 埋めたのだよ
もうひとつ 袋のままの未熟児といっしょに
(あの子には 初めから見向きもしなかった
だから 数にも入ってゐないらしいけれど)
驚いたことに
それから三日たって
おまへはもう一度 死んだ子とそっくりの子を一匹産んだ
こんどはひっそり
わたしを呼びもせず
わたしに いっしょにいきませもせずに
けれどおまへには相変わらず
ひとつ といふ欠落の記憶があったのか
(うらやましいことに
たぶん<かなしみ>の記憶ではなく
それでおまへは 一匹を盗む
十日前に同じ種の子を四匹産んだ 実の母から
戻しても 戻しても
一匹だけを盗む
(この三日間さうしつづけてきたやうに)
母親は 怒りもせずにそれを見てゐる
やがて突然 あとの三匹の仔猫ごと
娘の傍らに引き移って
やさしく やさしく 娘をなめる
娘はまた ぜんぶの子たちを抱きかかへ
息もつかせず なめつくす
<愛>と呼んではいけないのだらうか
親子 姉弟 恋がたき同士入り乱れ
ある子は祖母の ある子は姉の
マッチ棒の先ほどの可愛い乳首にすがりつき
眠ってはなめ なめては眠り
<かなしみ>さへも宿らない
おまへたちの 胡桃ほどの脳に
宿ってゐる何かを
その深い安らぎを
<愛>と呼んでは いけないのだらうか
わたしたちの
梨の実ほどの脳で
吉原幸子
「ブラックバードを見た日」所収
1986