庭いちめんの
桜の花びら踏みしめて
姫気分となった朝
空も桃いろになまめいて
遠くの海に溶けていった
きれいなものはぬすんでいいのよ
そんな声がする
いい匂いするから
全部ぜんぶ
開けてね
窓も こころも
千年の血をしたたらせる花の
そんな声が
わたしのこころをぬすんだひとはいなかった
あのひとたちのこころ
にぎりしめたことはなかった
わたしのこころを捧げたかった
咲いた色のまま
うるわしく老いて
風をふるわせ
花はこころを閉じない
ついに訪れなかったものを待ちながら
らんまんと
花は
手のひらを透かして
ひとつひとつの約束をたぐりよせる
記憶がこころを殺す
生きられないから
忘れる
桜は吹雪き
なにもかも 忘れる
崖のふちで花の小枝に手をのばすと
たけのこが
眼の下の竹林からいっせいに空を刺し
わたしの眼に飛びこんでいる
さて 今夕
たけのこを煮て 山椒散らして食べること
新藤涼子
「薔薇ふみ」所収
1985
「花ぬすびと」は新藤涼子さんの許可をいただいた上で掲載しております。
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花とたべものを揃えてうたうことには、しあわせが感じられます。