鯛の復活

言葉で表現されたものは真実とは遠いものである
物事は表現され得るものではないからだ
その一瞬において 価値をあらしむるのだ

潮に侵入された部屋の中を鯛は暴れまわった       

そして部屋の外へ飛び出した
空間には外も内も有り得ない          

音もなく死の扉は開かれた
頭と顋を切断されて鯛はその生涯を椀の中で過した   
鯛の眼は汚れた人間の手を見据えていた
キリストの復活を真似て鯛はついに蘇った
どこからともなく喜びの歌がきこえる
潮は天井まで満ち溢れ吸物椀も漂流する
鯛は悠々と尾鰭をうごかして泳いでいた

高橋新吉
「海原」所収
1984

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