琵琶湖周航の歌

われは湖の子 さすらいの

旅にしあれば しみじみと

昇る狭霧や さざなみの

志賀の都よ いざさらば

 

松は緑に 砂白き

雄松が里の 乙女子は

赤い椿の 森陰に

はかない恋に 泣くとかや

 

波のまにまに 漂えば

赤い泊火懐かしみ

行方定めぬ 波枕

今日は今津か 長浜か

 

瑠璃の花園 珊瑚の宮

古い伝えの 竹生島

仏の御手に 抱かれて

眠れ乙女子 やすらけく

 

矢の根は深く 埋もれて

夏草しげき 堀のあと

古城にひとり 佇めば

比良も伊吹も 夢のごと

 

西国十番 長命寺

汚れの現世 遠く去りて

黄金の波に いざ漕がん

語れ我が友 熱き心

 

小口太郎

1917

証城寺の狸囃子

証 証 証城寺

証城寺の庭は

ツ ツ 月夜だ

皆出て来い来い来い

己等の友達ア

ぽんぽこぽんのぽん

 

負けるな 負けるな

和尚さんに負けるな

来い 来い 来い 来い来い来い

皆出て 来い来い来い

 

証 証 証城寺

証城寺の萩は

ツ ツ 月夜に花盛り

己等は浮かれて

ぽんぽこぽんのぽん

 

野口雨情

1925

赤い靴

赤い靴 はいてた

女の子

異人さんに つれられて

行っちゃった

 

横浜の 埠頭から

船に乗って

異人さんに つれられて

行っちゃった

 

いまでは 青い目に

なっちゃって

異人さんのお国に

いるんだろう

 

赤いくつ 見るたび

考える

異人さんに逢うたび

考える

 

野口雨情

1922

赤蜻蛉

夕やけ子やけの

赤とんぼ

負われて見たのは

いつの日か

 

山の畑の

桑の実を

子籠に摘んだは

まぼろしか

 

十五で姐やは

嫁に行き

お里のたよりも

絶えはてた

 

夕やけ子やけの

赤とんぼ

とまっているよ

竿の先

 

三木露風

真珠島」所収

1921

黄金虫

黄金虫は 金持ちだ

金蔵建てた 蔵建てた

飴屋で水飴 買って来た

 

黄金虫は 金持ちだ

金蔵建てた 蔵建てた

子供に水飴 なめさせた

 

野口雨情

1922

 

ゴンドラの唄

いのち短し恋せよ乙女

朱き唇褪せぬ間に

熱き血潮の冷えぬ間に

明日の月日のないものを

 

いのち短し恋せよ乙女

いざ手を取りてかの舟に

いざ燃ゆる頬を君が頬に

ここには誰も来ぬものを

 

いのち短し恋せよ乙女

黒髪の色褪せぬ間に

心の炎消えぬ間に

今日は再び来ぬものを

 

吉井勇

1915

どこかで春が

どこかで「春」が

生まれてる

どこかで水が

ながれ出す

 

どこかで雲雀が

啼いている

どこかで芽の出る

音がする

 

山の三月

東風吹いて

どこかで「春」が生まれてる

 

百田宗治

1955

強敵

一つの花に蝶と蜘蛛

子蜘蛛は花を守り顔

子蝶は花に酔い顔に

舞えども舞えどもすべぞなき

 

花は子蜘蛛のためならば

子蝶の舞をいかにせん

花は子蝶のためならば

子蜘蛛の糸をいかにせん

 

やがて一つの花散りて

子蜘蛛はそこに眠れども

羽翼も軽き子蝶こそ

いずこともなくうせにけれ

 

島崎藤村

若菜集」所収

1897

東西南北

男ごゝろをたとうれば

つよくもくさをふくかぜか

もとよりかぜのみにしあれば

昨日は東きょうは西

 

女ごゝろをたとうれば

かぜにふかるゝくさなれや

もとよりくさのみにしあれば

昨日は南今日は北

 

島崎藤村

若菜集」所収

1897

罪なれば物のあわれを

こゝろなき身にも知るなり

罪なれば酒をふくみて

夢に酔い夢に泣くなり

 

罪なれば親をも捨てゝ

世の鞭を忍び負うなり

罪なれば宿を逐われて

花園に別れ行くなり

 

罪なれば刃に伏して

紅き血に流れ去るなり

罪なれば手に手をとりて

死の門にかけり入るなり

 

罪なれば滅び砕けて

常闇の地獄のなやみ

嗚呼二人抱きこがれつ

恋の火にもゆるたましい

 

島崎藤村

落梅集」所収

1901