友におくる詩

何も言うことはありません

よく生きなさい

つよく

つよく

そして働くことです

石工が石を割るように

左官が壁をぬるように

それでいい

手や足をうごかしなさい

しっかりと働きなさい

それが人間の美しさです

仕事はあなたにあなたの欲する一切のものを与えましょう

 

山村暮鳥

風は草木にささやいた」所収

1918

 

私の帰ってくるのは此処だ

穏やかで静かなランプの光!

私の帰ってくるのは此処だ、

卓の上に柔らかく輝いているランプの光、

一つの椅子、それから鉄製の粗末な寝台、

私の帰ってくるのは此処だ、

窓の外のすさまじい颶風、雨、

電車のひびき、街の騒乱、

それらのものから私を救ってくれる光、

私はこの椅子に腰を下ろし、

この卓の上に一巻の書物を開き、

そしてこの柔らかい光が慈母の掌のごとくに

 自分を包むのを待つ、

こゝで私は静かに仕事をし、

友人を思い、

また下の部屋で仕事をしている妻を思い、

それから、それよりももっと深い熱情で

 人類のことを考える、

私はむしろ暴風を好む、

むしろ大雨を好む、

むしろ群集の喧轟と機関のわめきを、

しかし私はこゝへ帰ってくる、

汝の光の前に帰ってくる、

あらゆる希望と努力の上に汝の柔らかい接吻

 を受けるために。

 

百田宗治

1955

鼻のある結論

ある日

悶々としてゐる鼻の姿を見た

鼻はその両翼をおしひろげてはおしたゝんだりして 往復してゐる呼吸を苦しんでゐた

呼吸は熱をおび

はなかべを傷めて往復した

鼻はつひにいきり立ち

身振り口振りもはげしくなつて くんくんと風邪を打ち鳴らした

僕は詩を休み

なんどもなんども洟をかみ

鼻の様子をうかがひ暮らしてゐるうちに夜が明けた

あゝ

呼吸するための鼻であるとは言え

風邪ひくたんびにぐるりの文明を掻き乱し

そこに神の気配を蹴立てゝ

鼻は血みどろに

顔のまんなかにがんばつてゐた

 

またある日

僕は文明をかなしんだ

詩人がどんなに詩人でも 未だに食わねば生きられないほどの

それは非文化的な文明だつた

だから僕なんかでも 詩人であるばかりではなくて汲取屋も兼ねてゐた

僕は来る日も糞を浴び

去く日も糞を浴びてゐた

詩は糞の日々をながめ 立ちのぼる陽炎のやうに汗ばんだ

あゝ

かゝる不潔な生活にも 僕と称する人間がばたついて生きてゐるやうに

ソヴィエット・ロシヤにも

ナチス・ドイツにも

また戦車や神風号やアンドレ・ジイドに至るまで

文明のどこにも人間はばたついてゐて

くさいと言ふには既に遅かつた

 

鼻はもつともらしい物腰をして

生理の伝統をかむり

再び顔のまんなかに立ち上つてゐた。

 

山之口貘

思辨の苑」所収

1938

Aunt Helen

Miss Helen Slingsby was my maiden aunt,
And lived in a small house near a fashionable square
Cared for by servants to the number of four.
Now when she died there was silence in heaven
And silence at her end of the street.
The shutters were drawn and the undertaker wiped his feet —
He was aware that this sort of thing had occurred before.
The dogs were handsomely provided for,
But shortly afterwards the parrot died too.
The Dresden clock continued ticking on the mantelpiece,
And the footman sat upon the dining-table
Holding the second housemaid on his knees —
Who had always been so careful while her mistress lived.

 

T.S Eliot

1965

しゃぼん玉

しゃぼん玉 とんだ

屋根までとんだ

屋根までとんで

こわれて消えた

 

しゃぼん玉 消えた

飛ばずに消えた

うまれてすぐに

こわれて消えた

 

風 風 吹くな

しゃぼん玉 とばそ

 

野口雨情

1922

この道

この道はいつか来た道

ああ そうだよ

あかしやの花が咲いてる

 

あの丘はいつか見た丘

ああ そうだよ

ほら 白い時計台だよ

 

この道はいつか来た道

ああ そうだよ

お母さまと馬車で行ったよ

 

あの雲もいつか見た雲

ああ そうだよ

山査子の枝も垂れてる

 

北原白秋

1942

夏は来ぬ

うの花のにおう垣根に

時鳥 早もきなきて

忍音もらす 夏は来ぬ

 

さみだれのそそぐ山田に

早乙女が 裳裾ぬらして

玉苗ううる 夏は来ぬ

 

橘のかおるのきばの

窓近く 蛍とびかい

おこたり諫むる 夏は来ぬ

 

棟ちる川べの宿の

門遠く 水鶏声して

夕月すずしき 夏は来ぬ

 

さつきやみ 蛍とびかい

水鶏鳴き 卯の花さきて

早苗うえわたす 夏は来ぬ

 

佐々木信綱

1896

Heidenröslein

Sah ein Knab’ ein Röslein stehn,
Röslein auf der Heiden,
War so jung und morgenschön,
Lief er schnell, es nah zu sehn,
Sah’s mit vielen Freuden.
Röslein, Röslein, Röslein rot,
Röslein auf der Heiden.

Knabe sprach: ich breche dich,
Röslein auf der Heiden!
Röslein sprach: ich steche dich,
Dass du ewig denkst an mich,
Und ich will’s nicht leiden.
Röslein, Röslein, Röslein rot,
Röslein auf der Heiden.

Und der wilde Knabe brach
‘s Röslein auf der Heiden;
Röslein wehrte sich und stach,
Half ihm doch kein Weh und Ach,
Musst’ es eben leiden.
Röslein, Röslein, Röslein rot,
Röslein auf der Heiden.

 

Johann Wolfgang von Goethe

1771

 

野なかの薔薇

 

童は見たり 野なかの薔薇

清らに咲ける その色愛でつ

飽かずながむ 紅におう

野なかの薔薇

 

手折りて往かん 野なかの薔薇

手折らば手折れ 思出ぐさに

君を刺さん 紅におう

野なかの薔薇

 

童は折りぬ 野なかの薔薇

折られてあわれ 清らの色香

永久にあせぬ 紅におう

野なかの薔薇

 

近藤朔風 訳

1909

春よ来い

春よ来い 早く来い

あるきはじめた みいちゃんが

赤い鼻緒の じょじょはいて

おんもへ出たいと 待っている

 

春よ来い 早く来い

おうちのまえの 桃の木の

蕾もみんな ふくらんで

はよ咲きたいと 待っている

 

相馬御風

1923

 

春が来た

春がきた 春がきた

どこにきた

山にきた 里にきた

野にもきた

 

花がさく 花がさく

どこにさく

山にさく 里にさく

野にもさく

 

鳥がなく 鳥がなく

どこでなく

山でなく 里でなく

野でもなく

 

高野辰之

1910