浮きあがる力とあらそつて
僕はくぐる。
ぎらつく水の底を。
涙が珠になるといふ
うつくしい貝を
僕は、さがしにゆく。
僕のまはりの海は
硝子球のやうにまはる。
上と下をとまどひながら、僕は
泡で沸騰した南太平洋を
もとの位置に戻さうともがく。
潮流のずれ目を
寒暖のくひちがひで
僕は、歪みながら
いのちがけでとどく。
水のそこの岩かげで
ほそぼそと泉が咽び、
うつくしい貝殻が
化粧をしにあつまるところ、
ちろちろする笠子や
縞鯛の子が
つながった影とともに
あそびにやつてくるところ。
秘密警察のスパイ然と
遠くからちろりと横目をくれて
人喰ひ鮫が
うろうろとみはつているところ。
かみそりのやうに水を引き裂きながら
指先から
沸立つた汐をふきながら
僕は、泣いている貝をさがす。
いちばんうつくしい珠。
夜も照りわたるその珠を
僕は、手わたすのだ。
煙草をくはえて
算盤をはじく商人に。
品物をねぶみして
買ひてにわたすだけで
べらぼうにまうける商人に。
いのちがけな
「真実」の顆を
ねだつて手に入れた
心つめたい女たちは、
石のやうに
振動のきこえない胸に
つらねてかざる。
むなしい詩のために。
金子光晴
「人間の悲劇」所収
1952