ある孤独ー後退

結論のまだはっきりしないうちに
わあっと立ちあがって
すばやい勢いで殺到してゆくのをみた。
ひとびとはくろく一団となって
地平線の彼方に視野から没した。
その移動がいっせいだったので
自分ひとりが後退しているのだとわたしは錯覚した。
ひとたび後退しはじめるときりがないものだと悔みながら、自分がますますしりぞいているのだとばかり思っていた。
わたしが自分のまわりをおずおずと見まわしたとき
いぜんとしてわたしがその森のなかにいることにおどろいた。
あまりにすばやくみんながどこかへいってしまったのだ。
ここは老木ばかりの森だと誰かがいっていたその森のなかだ。
みんなが捨てていった理由をわたしはそんな風に納得した。
陽がさしてきてわたしはあらためてその森を発見した。
老木たちの梢々は
萌え出たばかりのうすみどりのわか葉が
小びとの群が手まねきでもするようにやさしく陽にむかってゆれていた。
なにかしゃべくって、たのしくにぎやかに、わか葉たちは急速に成長していた。
自分の場を捨ててしりぞいてゆくのだと錯覚した自分がおかしかった。
わたしのなかのあわてものよ、自信喪失よ。
そうではないのか、まわりには焦げつくように南国の陽がさし
森のうえにふりそそぎ
木の間を通して地面につきささっていた。
台風のあと、今年二度目の秋のわか葉がもえ出たことを祝福しているのだ。
シイ、クス、ニクケイ、ヤマモモ、タブ、カシの類。そこにまじるモミ、トガ、カヤの針葉樹類。
亜熱帯常緑樹のしげった森が
つよい秋の陽にむかってそよいでいた。

秋山清
「ある孤独」所収
1959

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