Category archives: 1940 ─ 1949

紙の上

戦争が起きあがると

飛び立つ鳥のように

日の丸の翅をおしひろげそこからみんな飛び立つた

 

一匹の詩人が紙の上にゐて

群れ飛ぶ日の丸を見あげては

だだ

だだ と叫んでゐる

発育不全の短い足 へこんだ腹 持ちあがらないでっかい頭

さえづる兵器の群れをながめては

だだ

だだ と叫んでゐる

だだ

だだ と叫んでゐるが

いつになつたら「戦争」が言えるのか

不便な肉体

どもる思想

まるで砂漠にゐるようだ

インクに渇いたのどをかきむしり熱砂の上にすねかへる

その一匹の大きな舌足らず

だだ

だだ と叫んでは

飛び立つ兵器をうちながめ

群れ飛ぶ日の丸を見あげては

だだ

だだ と叫んでゐる

 

山之口貘

山之口貘詩集」所収

1940

ひとり林に・・・

だれも 見てゐないのに

咲いてゐる 花と花

だれも きいてゐないのに

啼いてゐる 鳥と鳥

 

通りおくれた雲が 梢の

空たかく ながされて行く

青い青いあそこには 風が

さやさや すぎるのだらう

 

草の葉には 草の葉のかげ

うごかないそれの ふかみには

てんたうむしが ねむってゐる

 

うたふやうな沈黙に ひたり

私の胸は 溢れる泉! かたく

脈打つひびきが時を すすめる

 

立原道造

立原道造全集第一巻」所収

1941

子供の好きな少女に

たとへれば夏の作物を見るやうだ

子供の好きな少女は豊かで美しい

あどけなくてどこか生真面目で

さうして

活々とした目と優しい心を持つてゐる

ある夕べ稲光りがして

庭の薄が明るくそよいでゐた

室内も

ときに又昼間のやうに明るくなつた

子供が寝てゐたお臍を出して

その傍を離れず

十五ばかりの娘が一人

恐怖で目をみはつたまま座つてゐた

少女の手はまるで無意識に

(ああそしてそれはきつと

 この世の美しい行為の一つに違ひない)

小さな子供の手を確かり握つてゐた

 

津村信夫

或る遍歴から」所収

1944

夢みたものは・・・・・

夢みたものは ひとつの幸福

ねがったものは ひとつの愛

山なみのあちらにも しずかな村がある

明るい日曜日の 青い空がある

 

日傘をさした 田舎の娘らが

着かざって 唄をうたっている

大きなまるい輪をかいて

田舎の娘らが 踊りをおどっている

 

告げて うたっているのは

青い翼の一羽の 小鳥

低い枝で うたっている

 

夢みたものは ひとつの愛

ねがったものは ひとつの幸福

それらはすべてここに ある と

 

立原道造

優しき歌Ⅱ」所収

1947

なにもそうかたを・・・・

なにもそうかたをつけたがらなくてもいいではないか

なにか得体の知れないものがあり

なんということなしにひとりでにそうなってしまう

 というのでいいではないか

咲いたら花だった 吹いたら風だった

それでいいではないか

 

高橋元吉

「草裡」所収

1944

桜の実

苔蒸した砌の上に桜の実が堕ちた。智慧が苦いものを少年に嘗らせた。

 

安西冬衛

桜の実」所収

1946

馬の胴体の中で考えていたい

おゝ私のふるさとの馬よ

お前の傍のゆりかごの中で

私は言葉を覚えた

すべての村民と同じだけの言葉を

村をでゝきて、私は詩人になつた

ところで言葉が、たくさん必要となつた

人民の言ひ現はせない

言葉をたくさん、たくさん知つて

人民の意志の代弁者たらんとした

のろのろとした戦車のやうな言葉から

すばらしい稲妻のやうな言葉まで

言葉の自由は私のものだ

誰の所有でもない

突然大泥棒奴に、

──静かにしろ

声を立てるな──

と私は鼻先に短刀をつきつけられた、

かつてあのやうに強く語つた私が

勇敢と力とを失つて

しだいに沈黙勝にならうとしてゐる

私は生れながらの唖でなかつたのを

むしろ不幸に思ひだした

もう人間の姿も嫌になつた

ふるさとの馬よ

お前の胴体の中で

じつと考へこんでゐたくなつたよ

『自由』といふたつた二語も

満足にしやべらして貰へない位なら

凍つた夜、

馬よ、お前のやうに

鼻から白い呼吸を吐きに

わたしは寒い郷里にかへりたくなつた

 

小熊秀雄

哀憐詩集」所収

1940

報告(ウルトラマリン第一)

ソノ時オレハ歩イテヰタ ソノ時

外套ハ枝ニ吊ラレテアツタカ 白樺ノヂツニ白イ

ソレダケガケワシイ 冬ノマン中デ 野ツ原デ

ソレガ如何シタ ソレデ如何シタトオレハ吠エタ

≪血ヲナガス北方 ココイラ グングン 密度ノ深クナル
北方 ドコカラモ離レテ 荒涼タル ウルトラマリンノ底ノ方ヘ――≫

暗クナリ暗クナツテ 黒イ頭巾カラ舌ヲダシテ

ヤタラ 羽搏イテヰル不明ノ顔々 ソレハ目ニ見エナイ狂気カラ転落スル 鴉ト時間ト アトハ

サガレンノ青褪メタ肋骨ト ソノ時 オレハヒドク

凶ヤナ笑ヒデアツタラウ ソシテ 泥炭デアルカ

馬デアルカ 地面ニ掘ツクリ返サレルモノハ 君モシル ワヅカニ一点ノ黒イモノダ

風ニハ沿海州ノ錆ビ蝕サル気配ガツヨク浸ミコンデ 

野ツ原ノ涯ハ監獄ダ 歪ンダ屋根ノ 下ハ重ク 鉄柵ノ海ニホトンド何モ見エナイ

絡ンデル薪ノヤウナ手ト サラニソノ下ノ顔ト 大キナ苦痛ノ割レ目デアツタ

苦痛ニヤラレ ヤガテ霙トナル冷タイ風ニ晒サレテ

アラユル地点カラ標的ニサレタオレダ

アノ強暴ナ羽搏キ ソレガ最後ノ幻覚デアツタラウカ

弾創ハスデニ弾創トシテ生キテユクノカ

オレノ肉体ヲ塗抹スル ソレガ悪徳ノ展望デアツタカ

アア 夢ノイツサイノ後退スル中ニ トホク烽火ノアガル 嬰児ノ天ニアガル

タダヨフ無限ノ反抗ノ中ニ

ソノ時オレハ歩イテヰタ

ソノ時オレハ歯ヲ剥キダシテヰタ

愛情ニカカルコトナク ビ漫スル怖ロシイ痴呆ノ底ニ

オレノヤリキレナイ

イツサイノ中ニ オレハ見タ

悪シキ感傷トレイタン無頼ノ生活ヲ

アゴヲシヤクルヒトリノ囚人 ソノオレヲ視ル嗤ヒヲ

スベテ痩セタ肉体ノ影ニ潜ンデルモノ

ツネニサビシイ悪ノ起源ニホカナラヌソレラヲ

≪ドコカラモ離レテ荒涼タル北方ノ顔々 ウルトラマリンノスルドイ目付
ウルトラマリンノ底ノ方ヘ――≫

イカナル真理モ 風物モ ソノ他ナニガ近寄ルモノゾ

今トナツテ オレハ堕チユク海ノ動静ヲ知ルノダ

 

逸見猶吉

1946

虫けら

一くわ

どっしんとおろして ひっくりかえした土の中から

もぞもぞと いろんな虫けらがでてくる

土の中にかくれていて

あんきにくらしていた虫けらが

おれの一くわで たちまち大さわぎだ

おまえは くそ虫といわれ

おまえは みみずといわれ

おまえは へっこき虫といわれ

おまえは げじげじといわれ

おまえは ありごといわれ

おまえらは 虫けらといわれ

おれは 人間といわれ

おれは 百姓といわれ

おれは くわをもって 土をたがやさねばならん

おれは おまえたちのうちをこわさねばならん

おれは おまえたちの 大将でもないし 敵でもないが

おれは おまえたちを けちらかしたり ころしたりする

おれは こまった

おれは くわをたてて考える

 

だが虫けらよ

やっぱりおれは土をたがやさんばならんでや

おまえらを けちらかしていかんばならんでや

なあ

虫けらや 虫けらや

 

大関松三郎

山芋」所収

1944

あどけない話

智恵子は東京に空が無いといふ、

ほんとの空が見たいといふ。

私は驚いて空を見る。

桜若葉の間に在るのは、

切つても切れない

むかしなじみのきれいな空だ。

どんよりけむる地平のぼかしは

うすもも色の朝のしめりだ。

智恵子は遠くを見ながら言ふ。

阿多多羅山の山の上に

毎日出てゐる青い空が

智恵子のほんとの空だといふ。

あどけない空の話である。

 

高村光太郎

智恵子抄」所収

1941