紙の上

戦争が起きあがると

飛び立つ鳥のように

日の丸の翅をおしひろげそこからみんな飛び立つた

 

一匹の詩人が紙の上にゐて

群れ飛ぶ日の丸を見あげては

だだ

だだ と叫んでゐる

発育不全の短い足 へこんだ腹 持ちあがらないでっかい頭

さえづる兵器の群れをながめては

だだ

だだ と叫んでゐる

だだ

だだ と叫んでゐるが

いつになつたら「戦争」が言えるのか

不便な肉体

どもる思想

まるで砂漠にゐるようだ

インクに渇いたのどをかきむしり熱砂の上にすねかへる

その一匹の大きな舌足らず

だだ

だだ と叫んでは

飛び立つ兵器をうちながめ

群れ飛ぶ日の丸を見あげては

だだ

だだ と叫んでゐる

 

山之口貘

山之口貘詩集」所収

1940

3 comments on “紙の上

  1. いつも楽しく拝見しております。
    「獏」は誤りで、正しくは「貘」です(Twitterも)。
    直したらこのコメントは削除しちゃってください。

  2. この詩は知らなかったです。

    岩波文庫から詩集が出ていますね。

    買おうかな。

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